11-4. 現代イスラム社会の人々と共に

 明治32年(1899)に米国で出版された、ある日本人による英語の著作が、アラビア語・ペルシャ語・インドネシア語にも訳されてイスラム文化圏の人々に今でも読み継がれています。ある日本人とは、国際連盟の事務次長も務めた新渡戸稲造(にとべ・いなぞう 昭和9年(1933)カナダにて没)、その著作とは”Bushido;the Soul of Japan” (和文名:「武士道」)です。新渡戸の世界的教養と深い思索に裏付けられたこの著作には、イスラムの教えに通ずるものがあると言われてきました。経済を含むすべての社会生活においてイスラムの教えが規範となっているイスラム社会では、“Rectitude(義)”や”Sincerity(誠)”そして ”Benevolence(仁)”などは大切な美徳なのです。 
 イスラム社会と同様に非西欧文明から出発した日本社会が、伝統的な文化を保ちつつ欧米諸国と肩を並べる経済力や技術水準を築いたことに、イスラムの人々は共感を持っています。ここでは、イスラム文化に敬意を払いながら進められた、イスラム金融に関係する2つのプロジェクトを取り上げました。

イスラム開発銀行本部ビル  —相互扶助のシンボル-

 現在の世界人口70億人のうちムスリム人口は16億人であり、2030年には21億人に達する見込みで、近年その存在感は高まりつつあります。
 昭和46年(1971)、イスラム諸国を束ねるイスラム諸国会議機構(OIC)が創設され、シャリーアと呼ばれるイスラムの教義に基づく規範と経済の考え方を統合することが課題のひとつとなりました。昭和48年(1973)、シャリーアに基づいて相互扶助システムの礎石となるイスラム開発銀行が創設され、現在、50以上のイスラム諸国における開発援助が進められています。その本部が置かれたサウジアラビア第2の大都市ジェッダは、聖地メッカへの巡礼者の中継地点として知られており、紅海に面する貿易港として繁栄してきた都市です。

11-24 イスラム開発銀行本部ビル
    平成5年(1993)

11-25 建物全体が彫りの深い陰影をつくり
    出しており、地域のランドマーク
    としての役割を果たしている。

 イスラム社会にとって重要な開発銀行本部ビル建設のため、昭和58年(1983)から昭和61年(1986)にかけて、4段階に及ぶ長期間の国際コンペティションが行われました。日建設計は第2段階からイスラム建築の権威であるマキヤ博士の協力を得て、最終的に世界各国25社の中から日建設計の案が選ばれました。その後、7年にわたる設計と工事監理を経て平成5年(1993)にこの建築は竣工しています。

 建物は銀行本部と研究・研修所という2つの独立した機能の棟が、大きな屋根の下に一体化された構成です。2つの棟に囲まれた光庭から大屋根を見上げると、イスラム紋様を用いた透かし彫りのような象徴的な光採りが目に入ります。イスラム建築を特徴づける開口部の少ない厚い外壁と、内側の光庭に開かれた豊かな空間がデザインのテーマで、随所にイスラム建築特有の空間概念や慣習などが反映されました。その彫りの深い陰影が織りなす彫刻的な建物の全体像は、地域のランドマークになるだけではなく、「相互扶助」というイスラム社会全体の重要な考え方を体現するシンボルとなっています。

11-26 中央に静かな噴水のある
    エントランスホール。
    水は、イスラム文化では
    「楽園」をイメージさせ
    るシンボル的な意味を
    持つ。

11-27 イスラム様式の「リワク」
    と呼ばれる回廊(右)と
    幾何学紋様の庭園

11-28 光庭から、イスラム紋様の光採りの
    ある屋根を見上げる。

タダウル・タワー(サウジアラビア証券取引所)

11-29 タダウル・タワー(サウジアラビア証券取引所)
    平成28年(2016) 竣工予定

11-30 35階~41階の最上階部は、滝のあるアトリウムを中央に抱く
    タダウル本社。「王冠(CROWN)」と呼ばれる頂部は、アト
    リウムへ制御された光を導く。

 サウジアラビアの首都であるリヤドは、中東における金融の中心地のひとつでもあり、タダウルと呼ばれるサウジアラビア証券取引所における上場会社の市場規模合計は、他の湾岸諸国すべての市場規模合計に匹敵すると言われています。そのリヤドで、様々な中枢的金融機関が集まる新都心、KAFD(King Abdullah Financial District)の開発・建設が進められています。その核となる5つの建物のうちのひとつがタダウル・タワーです。このKAFDの核となる地区では、事前にマスタープランが策定されていました。シンボルとなる中央広場を取り囲むように、空中廊下で繋がった5つの建物が計画されており、その5つの建物の外観は ”facet(結晶体)”のイメージで統一するようデザインガイドラインで定められていました。このようなマスタープラン条件の下で行われた国際指名コンペティションの結果、平成22年(2010)に日建設計の提案が選定されました。その後さらに検討を加え、平成23年(2011)に設計が完了し、平成24年(2012)に着工、現在、平成28年(2016)竣工に向けて工事が進められています。

11-31 KAFD中心地区マスタープラン     赤印が、タダウル・タワー。

11-32 断熱性能の高いLow-Eガラスによる
    カーテンウォールの窓廻り。
    Horizontal Finにより細かな影が
    生み出されている。また窓上部の
    欄間部分には、より断熱性能の高い
    Low-Eガラスが用いられている。

 イスラム開発銀行本部ビルが竣工して20年から経過しましたが、その間の環境技術の進歩には大きなものがありました。特にLow-Eガラスと呼ばれる断熱性能の高いガラスの技術は、太陽光を暗く遮断するだけだったアラブの建築イメージに、大きな変化を生み出しています。Low-Eガラスとは、複層ガラスの2枚のガラスの内側に、薄く色が付く程度の金属膜をコーティングしたもので、太陽熱が運ぶ赤外線を薄い金属膜が外側に反射するものです。タダウル・タワーで使われているLow-Eガラスは3枚のガラスで構成されており、さらに影をつくり出すHorizontal Finと呼ばれる細かい水平庇も設けられています。
 様々な建築的手法が込められたタダウル・タワーは、各種設備の高度な制御システムなどの環境技術と組み合わせ、LEED(アメリカの環境建築基準)のGOLDの認証の取得を予定するサスティナブル建築となりました。

 最新の金融情報に気軽に接することのできるタダウル・フォーラムや、緩やかな滝のあるアトリウムを囲んだ上層階のタダウル本社など、様々な機能をタダウル・タワーは内包しており、その外観は、エレガントな結晶体を思わせるものとなっています。

(参考文献)
新渡戸稲造(奈良本辰也訳) (2009)『英語と日本語で読む『武士道』』 三笠書房
井筒俊彦 (1982)『イスラム文化—その根底にあるもの』 岩波書店
宮田律 (2001)『現代イスラムの潮流』  集英社新書 
「Islamic Development Bank ホームページ」(2014)
「Tadawul ホームページ」(2014)

11-33 金融情報に気軽に接することができる
    タダウル・フォーラム

出典
11-24~28 撮影:Richard Bryant

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