29FUTURE LENS ANNUAL REPORT 2025-2026らない。「どう貢献すればいいのかわからない」という状況でした。柄澤:最初の1ヶ月で「このままでは前に進めない」と危機感を持ったんですよね。そこからは、PYNTのワークショップ手法などを用いて、提供価値を言語化したり、視座や扱う言葉をすり合わせたりしながら、初期仮説をアップデートしていったんです。何度も現地に足を運び、直接現場を理解するようにも努めました。その結果、スタートから3ヶ月かかりましたが、なんとかスーパーゴールや体制が見えてきたんです。——その後の約9ヶ月はスムーズに進みましたか?柄澤:すべてが順調だったわけではありません。実証が進んだと思ったら「本当にこの取り組みは意義があるのか?」と立ち戻ってしまうこともありました。たとえば、鹿児島の老舗エネルギー会社の小平株式会社の場合は、本社移転直後で住民との接点が少なく「住民が何を本当に求めているか」が見えづらかったことで迷いが生じました。そこで、住民とコミュニケーションをとる機会をつくったり、まちづくりのルールを定める「デザインコード」というフレームを使って、まちにとって大事な要素を整理することで共通認識をとりました。もうひとつ、スナック水中では、一度は「女性や子どもも楽しめる開かれた場所をつくろう」と盛り上がりましたが、本当にスナックがやるべきことかという疑問が出てきて。その時は、人が集まる場をつくっている近隣の場所に事例視察にいきました。比較しながら水中がやるべきことを明確にしていったんです。一方で、日建設計の持つ専門的な知識やノウハウが必要な場合は、共創社員が応えるのではなく、社内でその分野のエキスパートがいるチームと意見交換できる体制をとりました。それにより、共創社員は常に「当事者」として皆さんと同じ目線でいられたと思います。また、関係性をつくるという観点では、プログラムのオリエンテーションも重要でした。 Z&Cさんに中立の立場で進行ファシリテーションをお願いし、お互いに寄り添うマインドセットや、望まない関わり方などを共有するワークショップを開催したんです。おかげで、最初からフラットな関係性を意識できました。吉備:あとは、途中で新たな仮説や日建設計ができることが見えたとしても、ゼブラ企業の方々が求めないかぎり、押し付けないように意識していました。そういうものは日建設計が宿題として持ち帰ればいいと割り切れたのも、よい距離感につながったと思います。——日建設計とゼブラ企業による共創を見ていて、阿座上さんが感じた難しさや手応えを教えてください。阿座上:お二人の言う通り、日建設計が持っている面白い仕組みや技術をどう伝えるかが鍵でした。それができるまでは、採択された企業も、日建設計の共創社員も、迷いがあったと思います。上下ではない「共創的な関係性」を築くために上下ではない「共創的な関係性」を築くために——どちらか一方が主導権を持たない「共創」を目指すからこその難しさがあったんですね。関わりのなかで、共創的な関係性をつくるために意識したことはありますか?柄澤:私たちは医療やエネルギー、スナックの専門家ではないので、学ばせてもらう立場だというのは意識していました。また、ゼブラ企業や地域の皆さんに対しても、「日建設計が地域課題の解決策を持っているわけではありません」と、繰り返し伝えました。試行錯誤しながら1年経ち、実証はまだまだ途中段階です。ただ、それぞれのゼブラ企業との対話により目線や認識をすり合わせられたことは、大きな進歩だったと捉えています。日建設計は起業家精神を学び、日建設計は起業家精神を学び、ゼブラ企業は視座と活動の広がりを得たゼブラ企業は視座と活動の広がりを得た——1年を通じて、日建設計が学んだことはなんですか?柄澤:すべてが学びでしたが、一番大きかったのは、日建設計には馴染みの薄い「起業家精神」を間近で感じられたことです。日建設計は創業以来125年の長い歴史のなかで、クライアントの要望に応えることに徹してきたため、自ら事業をゼロから生み出す力を育みにくい部分があったかと思います。また、ローカル・ゼブラからすると、日々地域で手触り感を持って活動していることを、わざわざ構造化・可視化する意味が理解しづらいんです。言葉としても、なんだか怖く感じますから。でも、伴走支援を受けるなかで少しずつ、事業価値の可視化によって共感者が増えることを実感していったようでした。「何ができるんだろう?」というところから、「自分たちのやり方を信じてやればちゃんと答えが出る」というところまで到達できたことが、この1年の成果だと思います。その反面、ローカル・ゼブラの皆さんは、まさに起業家。課題を探求するスタンスが強く、改善策もどんどん実行するスピード感が段違いです。都市開発のプロジェクトが数年何も動かないこともざらにあるなか、この短時間で何度も仮説を更新していく姿勢を見て刺激を受けました。日建設計の立ち位置を問い直せたことも良かったです。これまで日建設計は、意匠設計、設備構造、ゼネコンといった関係者を束ねる役割だったと思います。ただ、誰も解決したことがない課題に向き合う場合は、ひとりが引っ張るのでは難しい。ゼブラ企業が「群れ」になるように、横のつながりをつくりながら、相互に理解を深めたりしていくことで解決策が見出されるという感覚を得られたのは大きかったです。吉備:今回の採択企業の3社はまちづくりの会社ではありません。医療法人、エネルギー、スナックと、一見まちに対して開かれた事業内容ではないように見えます。しかし、経営者のみなさんの意識は、自然と地域に向いていたんです。ひとりで何かしようではなく、専門領域を超えて、視野を広げて「みんなで何かしよう」というコレクティブなマインドがありました。そこがゼブラ企業の魅力ですし、そのマインドを持った活動と「まち」というものの相性はとてもいいのだと実感しました。——逆に、ゼブラ企業にとってはどんな価値がありましたか?阿座上:ローカルで活動するゼブラ企業は、業種や業界のなかでイノベーティブなことをやっている会社が多くあります。しかし、本業に集中するあまり地域外に出にくい傾向があります。講座などで学ぶ機会はあっても、お互いの取り組みを共有しあったり、外部の専門家からフィードバックを得たりする機会は少ないんです。そうしたなか、日本全国やグローバルという単位で物事を見ている日建設計から、自分たちのやっていることをリフレーミングしてもらえたことは、大きな価値だったと思います。また、東京や都市の大きな会社が関わっているというだけで、地域においては周囲からの見え方が変わることもあります。地域だけ、業界だけでやっていると見えてこなかった新しい視点や、周りからの見え方を、日建設計と一緒にやるからこそつくれたのではないでしょうか。——ゼブラ企業の活動がリフレーミングされた具体的な事例はありますか?柄澤:医療法人社団オレンジが運営する「ほっちのロッヂ」の事例は分かりやすいですね。
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