国際カンファレンス「EPIC2018」に参加
梅中美緒

Oct 15 / 2018
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Report
ホノルルで行われたEthnographic Praxis in Industry「工業における民族誌的実践会議」(通称EPIC)2018にNADの梅中美緒が参加しました。
期間:2018年10月9日~10月12日
主催者:EPIC
https://2018.epicpeople.org/

エスノロジー(民族)+グラフ(誌)=エスノグラフィー(民族誌学)

 エスノグラフィーは元々エスノロジー(民族)とグラフ(誌)が語源となっており、文化人類学などの調査手法を経て、それを記述することを意味します。ときにビジネスアンソロポロジーとも言い換えられますが、文化人類学や考現学や心理学統計をビジネスに展開する意味合いを含んでいます。このEPICも2006年からはじまった比較的歴史の浅い国際カンファレンスであり、創始者はインテル社の研究者であるのが興味深いところです。日本でも2010年に東京で行われたことをきっかけに認知度が高まりました。

NADのプロジェクトにおける4つのフェーズ
 NADではプロジェクトに取り組む姿勢として、4つのフェーズにおける4つの「越境」を掲げています。

・INPUT(立場を越える)
・CONCEPT(枠組みを越える)
・DESIGN(領域を越える)
・Development(時間を越える)

起点となるINPUTフェーズでは、プロジェクトの成功とクライアントの成長のため、徹底的な調査・分析を行います。作り手の立場を越え、プロジェクトのキーとなるユーザー体験を見出すために、このエスノグラフィーによる観察が重要と捉え、EPIC2018へ参加しました。
NADのINPUTフェーズにおけるアクションとアウトプット
エスノグラフィーを用いてデザインしたプロジェクト事例
日本リーテック ワークスタイルデザイン
The Breakthrough Company GO 新オフィス

EPIC2018のテーマは「EVIDENCE」

プログラムはPaper・Pechakucha・Case study・Panel・Salonに分類され、合計50件ほどの発表があり、事前予約制のSalon以外は3つの会場を自由に行き来が出来ます。KEY NOTEと呼ばれる基調講演は3つあり、文化人類学者・社会学者・Steel Case社役員がそれぞれ講演を行いました。参加者は研究者が3~4割、ビジネスマンが6~7割という比率です。本大会には約600名が参加し、通年の2倍程度の参加人数となりました。参加者増加の理由は、エスノグラフィーという分野への注目度が年々高まっていることと、ホノルルという土地が文化人類学の聖地的な場であることと関係があるそうです。 
会場となったWaikiki Beach Marriott Resort and Spa

BIG DATAだけでなくTHICK DATA

AIなどを活用して取得した情報、いわゆるBIG DATAと対比的に、エスノグラフィーで得られる情報をTHICK DATA(厚みのある情報)というそうです。例えば、UberやAmazon Prime Videoなども、ロサンゼルスなどの特定地域である一定期間においてBIG DATAの取得の前提としてTHICK DATAの取得を行い、より良いサービス向上を行うためのトライ&エラーを繰り返してきたことを知りました。
グローバルなビジネスも、コンセプトデザインや仮説構築がBIG DATAのみからではなく、ある特定のユーザーを密着し観察するような極めて土着的な方法論がスタート地点であったことに気づかされました。
 
Panel Seesion

THICK DISCRIPTION(厚い記述)

 ビジネス思考であることはうたいながらも、ブロニスワフ・マリノフスキーの存在が発表に引用されていたのも興味深いところです。
※ブロニスワフ・マリノフスキー(1884~1943)パプアニューギニアなどの現地に入り込み長期にわたって参与観察するという手法を初めて人類学研究に導入した、ポーランド出身のイギリスの人類学者
引用:wikipedia
 同席したエスノグラファーの方々にインタビューをしている中でも、植民地時代以降において人類学を文化人類学ととらえ、異文化に対する姿勢が変化するきっかけをつくったフランツ・ボアズや、アメリカの文化人類学者の第一人者であるクリフォード・ギアツからの系譜が、エスノグラフィーという学問における重要な土台をつくったと語られていました。
 
そのクリフォード・ギアツが提唱した『THICK DISCRIPTION(厚い記述)』が、エスノグラフィーを通したアウトプットにとって最も重要な視点になります。例えば「ウィンクをする」という一つの事象でも、誰かに合図をしたのか、目にゴミが入ったのか、何かに想いを馳せて涙したのかは、文脈を捉えていないと真意は分かりません。現地の人と仲良くなり、情報提供者を探し、参考文献を探し、系譜や周辺地図をつくり、それらの記録から「ウィンクをする」という行為の真意を捉えていく。それらの一連の行為が『THICK DISCRIPTION(厚い記述)』と言われています。
 
この、DEEP(深さ)ではなくTHICK(厚さ)であることの意味を認識して初めて、エスノグラフィーの入口に立てるような気がします。いま目の前に見えている事象をより深く掘り下げて探求し、情報を得ていく行為がエスノグラフィー的調査だとよく勘違いされていますが、一つの事象を出来るだけ多くの視点から観察し、文脈を理解しつつ立体化していくことがTHICK DATAなのです。
参考:Humanizing Quant and Scaling Qual(Amazon Prime Video)
参与観察を行うときは「Fly on the wall」が基本とも言われていますが、NADのINPUTフェーズにおけるエスノグラフィーにおいても、ときに壁の上のハエのように存在を消して、人々が普段生活している場に空気のように溶け込み、ありのままの姿を多視点で観察します。通常のフィールドワークや市場調査では隠れてしまいがちな潜在的な情報を文脈とともに取得しインプットの質を厚くすることが、コンセプトデザインや仮説構築の強度を高めることにもつながるとNADは考えています。 
Networking Lunch

エスノグラファーになるためには

 それではエスノグラファーであるために必要なことはなにか、と会場に同席したエスノグラフィーに問いかけてまわったところ、下記の答えが返ってきました。
 
・人を対象としていること
・確定しないという状況を泳ぎ続けられること
・深さ≠厚み 厚みのあること(視点の多さ、角度の広さ)
・測量点は3点以上であること(面とする意識)
・地味なこと
・自分が測定器になること
・Judgmentalでないこと
・この人が調査したということそのものがEvidenceであること
 
現状の場や空間や仕組みを見たり、ユーザーの言葉を聞いたときに、「それはすでに知っている」「よく聞く話だ」「体系的にはこう分類される」というjudgementalな態度をいかに取らずにいられるか。場や空間や仕組みをデザインするときに、取りこぼしがちなユーザー視点における極めて個人的なありのままの情報をいかに取得できるか。それらの視点を大切に、これからもNADではINPUT手法としてエスノグラフィーに取り組んでいきます。