「禁止事項」だらけの公園を変えたい。ある社員の思いが、日本の公共空間を変える

渋谷区・北谷公園における社会実験を経て、新規事業「YOUR PARK」を本格化

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コロナ禍によって自宅で過ごす時間が増えた今、「散歩が日課になった」「公園で過ごす時間が増えた」など、自分が暮らす街との関係性に変化があった人は多いのでは。時代のニーズを探るべく日建設計が2021年4月に挑んだのが、公共空間の社会実験「YOUR PARK」です。舞台は、ブルーボトルコーヒーの出店などでも注目が集まる、東京都渋谷区の「北谷(きたや)公園」。都心の片隅の小さな公園から始まる、ポストコロナの都市デザインとは。

都市デザインが専門の伊藤雅人、アクティビティデザインなどを手がける上田孝明、来場者の分析などを担う大浦理路 ——。都市の遊休空間において様々な活動を可能にするソフト(ツールや運営ルール)の提供により所有者・管理者と利用者をつなぐプロジェクト「YOUR PARK」のメンバー3人に、社会実験の狙いや、これからの都市デザイン、日建設計が公共空間の「運営」に挑む理由を聞きました。

「禁止事項」ばかりになってしまった公園。居心地を取り戻したい

公共空間の社会実験「YOUR PARK」を実施するにあたり、まずはどんな課題意識があったのでしょうか。プロジェクトを統括する伊藤は「公共空間の魅力を取り戻したい」と語ります。

例えば、いつの間にか私たちの周りに増えているのが「禁止事項」だらけで魅力が失われた公園。背景には、管理コスト等の問題があります。そこで伊藤が考えたのは、「もっと公共空間の『運営』に投資される仕組みをつくれば、都市全体の魅力を高められる」ということ。

実際、成功事例としてニューヨークの「ブライアントパーク」があります。以前は犯罪率の高いエリアでしたが、BID(Business Improvement District)の導入により1992年に改修されると、イベントやテナント収入を得て自律的に運営される公園に。朗読会やヨガが開催され、年間1200万人が訪れる人気スポットへと変貌を遂げています。

ブライアントパーク

「日建設計も、日本の公共空間の環境改善に新たなアプローチを」伊藤のプランは会社の新規事業として採択され、2018年から本格化に向けた社会実験を重ねてきました。

人々は「表現の場」としての公共空間を求めている

これまでの社会実験を通して得られたのは、「2つの大きな知見」(伊藤)。1つは「予想以上に人々は公共空間を利用したがっている」ということ。特に、ライブやワークショップなど「自己を表現する場」「社会との接点」としてのニーズが高いことがわかりました。

Tokyo Midtown DESIGN TOUCH 2018内コンテンツとして実施された公共空間運営の実験PARK PACK

もう1つは、ワークショップやイベントなど、自らが「参加する場」として、軽量で可変的な装置が重要だということ。大掛かりな仕掛けではなく、様々な用途に利用できる仕組みが非常に有用であると結論づけ、同じく社内ベンチャーにて開発中の「つな木」との連携を図ることとなりました。

『つな木』の配置方法を日によって変化させ、様々なアクティビティを展開したOUTDOOR LOUNGE

公共空間の「運営」をビジネスとして成り立たせる

YOUR PARK#1 の実施場所となる渋谷区立北谷公園

今回の社会実験「YOUR PARK」が目指すのは、様々な公共空間で展開できる運営システムの開発です。密閉された建築空間に代わり、開かれた屋外空間の需要が高まっている時代。失われつつある「街中での偶然の出会いやトキメキ」を提供し、ビジネスとして成立させるためのデータを取得していきます。

具体的には、物品販売スペースのほか、個人のワークスペースや遊具にもなる「つな木」を設置。最低限のファニチャーを日ごとに組み替えることで、「人がどう引き寄せられ、どのようなアクションが発生するか知見を得たい」 アクティビティデザインの観点からつな木の活用方法を検討した担当の上田は期待を寄せます。

計測を担当する大浦は、2種類のセンシングを用意。スマートフォンのWi-Fi情報から利用者属性を把握する「ビーコン」のほか、3次元点群データから人の動線や滞在状況を抽出する「3D LiDAR」を用いて解析していきます。「例えば、日中は家族連れの遊具利用が多く、イベント時は20代の利用が増加するなど、利用状況と空間的性質の関係性を解析していきます」(大浦)。さらに、SNS等を通して、公共空間を「使いたい人」や「使ってほしい自治体」がどれくらい興味を示すか「運営に関するニーズも検証していく」とのこと。

「道路空間再編」の時代。気軽に使える公共空間が増加

「これからは自由に使える公共空間が増え、私たちの事業を後押ししてくれる」先行きの不透明な時代にもかかわらず、実験後の事業展開に伊藤は自信を見せています。

「日本には公園が約10万箇所あるほか、実はマンションやビルには、『公開空地』と呼ばれるオープンスペースがたくさんあるんです。さらに、人口減少や若者の車離れ等に伴い車の利用数が低下している日本では『人が主役の道路空間』の時代が到来するかもしれません」

上田によると、すでに道路や路上駐車場を屋外カフェやアートスペースとして活用する計画が、国土交通省の主導で始まっているとのこと。海外に目を向けても、アメリカでは路上の駐車場帯を市民が活用する「パークレット」が定着しつつ、パリのシャンゼリゼ通りでも広場化の構想が発表されたとのこと。世界的なブームが起きつつあります。

公共空間を「使いたい人」と「所有者」のマッチングを

公共空間が増加し、新たな活用方法が模索される時代。これからの都市、そして日建設計の役割は、どう変わっていくのでしょうか。

伊藤は、「都心への一極集中から、『自律分散型』の都市構造への転換が進む」と予測します。リモートワークなど新たな生活様式が広がり、それぞれの街が公共空間を活用し、その魅力をアップさせることが求められる時代。「自治体や大手ディベロッパーと長年に渡り協業してきたわたしたちの知見を活かし、小さな空間から面的に大きなインパクトをつくり出していきたいと考えています」。

「建築設計者には、ライフサイクルのPDCAを回すことが求められる時代」と述べるのは大浦。「これまでは設計で止まっていたけれど、人々の行動を計測し、設計にフィードバックしていきたい」。より長い時間をかけて、建物の中から外へ、アプローチを広げる取り組みが強化されそうです。

上田は、「『運営こそが、建築家集団に課された「設計」の次のステップ」と語ります。将来的には都市デザインの一環として、公共空間を「使いたい人」と「所有者」をマッチングさせるプラットフォームを——。そんな大きな構想を描いています。

伊藤 雅人
日建設計 都市部門 パブリックアセットラボ アソシエイト

2008年東京大学大学院都市工学専攻修了後、日建設計に入社。国内外のパブリックスペース関連業務、都市デザイン・都市計画業務を担当。2018年以降パブリックアセットラボにて、計画・企画段階から運営段階に至るまで、ハードとソフト両面でパブリックスペースをトータルデザインする事業に取り組んでいる。

上田 孝明
新領域開拓部門 NIKKEN ACTIVITY DESIGN lab

2006年に東京藝術大学美術学部デザイン科を卒業後、GK設計にてプロダクトや公共空間のデザインに従事。2017年に日建設計へ入社後はアクティビティデザインに取り組む。主な仕事に、「富山市LRTのトータルデザイン」「てつみち」「PARK PACK」「みっけるみなぶん」など。

大浦 理路
新領域開拓部門 デジタルソリューションラボ

2015年、東京大学大学院建築学専攻を修了後、日建設計に入社。 入社から2018年まで設備設計部に在籍し、南青山研修センター(2018)など、環境性・快適性・意匠性を緻密に結びつけた建築を目指し、設計に従事。2019年よりデジタルソリューション室にて、人工知能を用いた空調制御やヒューマンセンシングによる空間趣向性の分析など、建築における最先端技術利用のシーンを試行・実践している。

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