建築物の防災計画から災害時の避難計画に応用された「逃げ地図」の有用性

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災害に対する人々の意識を大きく変えた東日本大地震。建物そのものの耐震性能は、時として自然の大きな力に凌駕されてしまうことが再認識されました。同時に、災害時に速やかに安全な場所へと避難することへの重要性が改めて共有されました。

日建設計の有志によって作られた「逃げ地図」は、災害時の避難経路を地図上に可視化するためのツールです。避難時に遅れを取りやすい児童や高齢者にも配慮した避難経路を、極力シンプルな方法で住民自身が作っていくことで、災害は自分ごとと考えられるようになるなど、その効果の高さから多くの地域に浸透し始めています。

逃げ地図に取り組むことで、万が一の事態に備えたシミュレーションができます。日々の生活をより安心して送るために、逃げ地図の機能や工夫のポイントをご紹介します。

逃げ地図とは?

「逃げ地図」とは、日建設計有志により開発された、避難時間を地図上に可視化する手法のことです。

大規模な建築は、災害時に極力短時間で避難が完了するように設計します。この考え方を街や都市レベルに展開したものです。
大規模な建築物を設計することの多い日建設計ならではのアイデアと言えるでしょう。
 

逃げ地図の作り方は?

逃げ地図の作り方は、いたってシンプルです。高齢者がゆっくりと歩行(1分間で43m)して避難場所まで辿り着ける時間を3分ごと(3分以内、3~6分以内、6~9分以内、9~12分以内、12~15分以内、15~18分以内、18~21分以内、21~24分以内)に色分けして、地図上の道を塗り潰します。
 

距離を計る際にはひもを使うので、子どもでも分かりやすく作成できます。また、夜間や雨天時、積雪時などを想定する場合は歩行速度を80%にする、といった調整も可能です。色を塗った道のりに避難する方向を書き込むことで、最短経路を分かりやすくします。
地震によって生じる災害は、建物の倒壊や津波だけではありません。逃げ地図は、地域の特性を想定して反映させることができます。例えば、海が近い静岡県の下田市や河津町のワークショップでは、津波とがけ崩れの複合災害を想定。山に囲まれた秩父市久那地区では、土砂災害からの逃げ地図が作られました。

ワークショップで得られる「逃げ地図」のメリットとは?

逃げ地図は、個人で作成することもできますが、ワークショップを通して作成する方が、人が集まることで得られる情報が詰まった「逃げ地図」ができます。また、経路や道の通行のしやすさなどを議論することで、避難経路がより直感的に記憶され、地元の人だけが知る情報が議論の中で共有されていきます。

避難時間を縮めるために必要な新たな道路や避難タワーをどこに作ったらよいかなどのアイデアを話し合うことで自分たちで災害に強い街づくりを提案することもできます。

それだけでなく、地域に住む老若男女が集まってコミュニケーションをとることで、幅広い世代や性別の人が考えられるリスクを共有できます。消防団や地域住民、子どもや大人など、世代や職種を超えた間柄で意見を交わすことで、緊急時に協力体制を作れるコミュニケーションツールにもなるのです。

ちなみに、陸前高田市広田町地区のワークショップでは、1回目は主に中学生が参加して逃げ地図を作成。2回目は主に消防団員が参加して、中学生が作成した逃げ地図に加筆修正してもらいました。さらに3回目では、主に漁協女性部員が参加して、女性の視点から見た避難上の課題と留意点が、逃げ地図に追加されました。人によっては、普段の生活では思いもよらなかったルートが見つかることもあります。このようにして、町をよく知った一人一人の身体感覚を伴った避難計画が作成されていくのです。
 

ワークショップからフィールドワークへ、身体感覚を伴うことで緊急時に生きる避難計画

受け身型の訓練とは異なり、ワークショップで自分の感覚をもとに地図を作成することによって、他人ごとではなく自分ごととして避難計画が身につきます。こなすだけの避難訓練よりも、逃げ地図を作る過程で避難経路を何度も擬似的に行ったり来たりすることで、いざという時に安全な判断ができるのです。

意見を出し合って避難計画を検証したワークショップの後には、参加者には逃げるためのリテラシーが身につきます。それを踏まえて実際にフィールドワークで避難訓練を行い、振り返ってみることで、いざという時に動き出せる実践的な避難計画が身につきます。
 

考案したメンバーの手を離れどんどん拡がっていく「逃げ地図」

全国の各自治体や学校などで作られている逃げ地図は、ますます実用性が認められてきています。普段認識しづらい防災の重要性を再認識する機会としても利用されており、秩父市の久那地区 や上白久地区 などでは、ワークショップの連続開催で深められた「逃げ地図」から地区防災計画の立案に至るなど、各団体で独自の発展を遂げています。

さらに、逃げ地図の仕組みをプログラミングすれば、インターネット上で共有することが可能です。インターネット上で共有されれば、新たな道や避難タワーの建設場所などについてより多くのアイデアが集まります。また、作られたものの整合性を検証するシミュレーションを行うソフトも開発されています。整合性を保ちながら、より多くの人々のデータが蓄積され、ローカルから日本全体に広がる可能性を秘めています。

逃げ地図は、その普及に伴って実績が評価され、逃げ地図づくりワークショップ開催に携わった明治大学の山本俊哉研究室、千葉大学の木下勇研究室、そして日建設計ボランティア部が、2018年日本建築学会賞を共同受賞しました。「逃げ地図つくりを通した世代間・地域間のリスク・コミュニケーションの促進」というテーマで、地区住民を主体とした防災まちづくりのプランを導けたこと、幅広い人の関心を引き付け地区防災の取り組みの裾野を広げたことが高く評価されました。

日建設計有志によって建築の防災計画から生み出された「逃げ地図」。実用性が認められることで次第にメンバーの手を離れ、全国各地から「私達も作りたい」、「ワークショップを開催してほしい」との声をいただくようになりました。さらに地図や防災の専門家からも注目されています。「命をまもるまちづくり」の視点から、「逃げ地図」活動はさらに日本各地へと広がり続けています。

  • 羽鳥 達也

    羽鳥 達也

    設計監理部門
    設計グループ
    シニアダイレクター

    1998年、武蔵工業大学(現東京都市大学)大学院を経て日建設計に入社。専門は建築意匠設計。
    主な作品は、神保町シアタービル(2007年)、ソニーシティ大崎(現NBF大崎)(2011年)、東京藝術大学音楽学部4号館第6ホール改修(2014年)、桐朋学園音楽部門調布キャンパス1号館(2014年)、コープ共済プラザ(2016年)のほか逃げ地図の開発。
    日本建築学会賞(作品)、日本建築家協会新人賞、BCS賞、ARCASIA賞ゴールドメダルなどを受賞。

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