新型コロナウイルスによりもたらされる新しい社会に向けて
~パラダイムシフト「課題とチャンス」~

日建設計 執行役員 グローバルビジネス部門 中東・ロシア・インドグループ プリンシパル
ファディ ジャブリ
(役職は公開時のものです)

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 2020年3月22日、ドバイ。外出禁止令が発令。突然、家が私の全世界となりました。そして、仕事場や学校までの距離が「0」になりました。今私は、ベッドから仕事机まで数秒かけて移動し、ビデオ会議で世界の人々とつながっています。隣の部屋にいる娘の学習環境は、一夜にしてeラーニングへと切り替わりました。食料は玄関に届けられ、外出には許可が必要です。
 家の窓の外には、世界でもっとも忙しい国際空港が見えます。いつもは90秒に1度飛行機が発着していましたが、今は静まりかえっています。慌ただしく絶えず変化する世界が突然、静止状態になったのです。
 空は青くなり、鳥のさえずりが聞こえるようになりました。空気はきれいになり、隣人が親切になりました。まるで母なる自然が私たちのペースをリセットし、再起動をさせることを決めたかのようでした。

日建設計 執行役員 グローバルビジネス部門 中東・ロシア・インドグループ プリンシパル ファディ ジャブリ 日建設計 執行役員 グローバルビジネス部門 中東・ロシア・インドグループ プリンシパル
ファディ ジャブリ
(役職は公開時のものです)

改善策 / 順応

 私たちの業界は、独創的な発想や共同作業が必要です。人との交流が不可欠な為、新しい現実にきわめて迅速に順応しなければなりませんでした。完全にリモートで設計を行わなければならなくなったのです。
 私たちは直ちに行動を起こし、家庭で最新のインフラストラクチャーを使って、リモート環境で一貫した共同作業を行えるようにしました。
 通信ツール、マッピング技術、3Dモデリング、リサーチ情報の活用により、私たちは、プロジェクトの現場に行かなくても、高精度の設計・監理を行えるようになりました。専門性に応じて、複数の場所と各個人を結びつけて、国を越えて実際に設計を行い、価値のある成果を出せるようになったのは、驚くべきことでした。バルセロナ、ドバイ、バンコクおよび東京のオフィスが力を合わせ、ロシア、インド、サウジアラビア、キルギスなどの各地でのプロジェクトに取り組んでいるのです。これは、私にとって魔法のようなことでした。

副次的影響

 しかしながら、不都合な事もいくつかあります。COVIDが流行してから、電子メールでのやりとりが顕著に増え、家が小さなコールセンターのようになり、人々は机から離れられず、孤立を深め、社会との関わりが少なくなりました。ストレスが高まるのではないか、このような新たな現実を長期にわたって維持できるのか、という疑問が生じています。
 独創的な発想や偉大なアイデアは、偶然の出会いや予期せぬ幸運な発見から生まれることがあります。このようなことは、人間同士の実際の交流からのみ生まれるものであり、ZoomやHopinのようなものでは生まれないものです。

将来に向けて

 COVIDの流行がパラダイムシフトを生み出し、私たちの働き方、感じ方および交流のしかたに影響を及ぼしているのは間違いありません。その結果、私たちはこれまでよりも多くの時間を家族と過ごせるようになり、仕事を計画的に行えるようになっています。テクノロジーを積極的に使用するようになり、衛生についての基準もはるかに高くなっています。また、馴染んだ都会の環境や、自然のなかを歩くことの重要さを認識して楽しむようになりました。
 またCOVIDの流行は、階層的な組織のあり方へチャレンジをもたらし、1つ屋根の下で働くたくさんの人々を一元管理するという発想を見直す機会となりました。
 現在の新しい潮流は、従来の階層型や縦割り型ではなく、リソースを拡散させ、ネットワーク化された組織構造を導入し、オープンなコミュニケーションと関係を重視する方向に向かっています。

 本社ビルはワークスペースの密度を再考したうえで、人々が集う理由となる魅力を備える必要があります。ワーキングステーションはこれまでよりも大きくなり、廊下の幅や人と人の距離は広くなるでしょう。そしてモビリティの在り方も大きく変わることでしょう。
 機敏さとスピードをもち、フリーランサーやパートナーとチームアップして、組織を再構築および再グループ化する能力、ならびにサテライトオフィスを設置することが、リモートワーキングの時代には不可欠となるでしょう。
 将来、住宅には大きな変化が訪れ、リモートワークを快適に行う為の施設やインフラストラクチャーが拡充され、高齢化社会にもフレンドリーに対応、衛生状態や安全面での監視がより強化されるようになるでしょう。

 COVIDにより、人が多く集まる病院やキャンパスを人口密度の高い都会に集める考え方が問われています。医療と教育は分散化し、コミュニティ周辺のさまざまな都市構造を網羅したより小さなユニットとなり、さらにデジタル化も進むでしょう。
 アジアの都市は規律の重要さを示し、驚異的な努力によって人口密度の高い地域でのウィルスの蔓延を封じ込めました。航空業界および観光業界は国内に重きを置くようになり、地域の経済を活性化し、インフラストラクチャーを再生しようとしています。
 私たち都市計画者、建築設計者、そして技術者にとって、ポストCOVIDは、従来の仕事や生活、学習、レジャーの環境をより良い場所にする、そんな新時代を拓く挑戦になるものと思います。(2020年10月30日)
※「Beyond Covid-19 社会・都市・建築」は連載です。今後は、建築家、プランナー、エンジニア、コンサルタント等が各専門の立場でビジョンを定期的に発信していきます。

  • ファディ ジャブリ

    ファディ ジャブリ

    執行役員
    NIKKEN SEKKEI FZ-LLC取締役社長
    ドバイ支店長

    2000年、東京大学博士課程を経て、日建設計に入社。2014年より執行役員。MENA、CIS、インド地域を担当し、現在、UAEを拠点とするNikken Sekkei Dubai FZ LLCの代表を務める。約20都市において、都市計画から、複合施設、超高層ビル、住宅、ホテル、教育などの幅広い分野のプロジェクトに参加。クライアントや設計チームと密に連携し、プロジェクトの立ち上げから完成まで戦略立案及び業務推進を担う。One Za'abeel(ドバイ)、Tadawul HQ(リヤド)、Gazprom HQ(サンクトペテルブルグ)、Sberbank(モスクワ)など、いくつかの重要な国際コンペを担当。英語、日本語、アラビア語、ロシア語での業務を行っている。

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