設計の決定点
第1回:迷路をほどき、駅と街をつなぐ
重慶・沙坪壩TODを動かした3つの判断ポイント

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完成した建築や都市開発の魅力は、写真や数値に現れ、その根源であるコンセプトは様々なシーンで語られます。しかし、一つのプロジェクトが完成を迎えるまで、設計の現場では何が起こっているのでしょうか?それまで実存しないものを創造する過程では無数の可能性があり、無数の「判断」の積み重ねがあります。限られた時間、複雑な制約、複数の関係者——条件が厳しいほど、どの論点を優先し、何を捨て、どう確かめて前に進めたかが、やがて現実化する建物の質を左右します。
シリーズ「設計の決定点」では、完成プロジェクトの紹介ではなく、設計チームがどんな判断ポイントで、どんな思考プロセスで最適解に収束させたのかを取り上げます。

第1回は、中国・重慶の巨大交通結節点で進められたTOD(駅まち一体開発)「沙坪壩駅複合開発」を題材に、設計判断の要点をひもときます。膨大な人が行き交う複合開発計画において、複雑に絡み合った動線をどう整理し、短期間で意思決定を進め、“迷わない駅と街”へと収束させたのか。
語り手は設計チームを率いたグローバルデザイングループ部長丁炳均。関係者の「触覚」を重視したコミュニケーションの工夫など、今日のプロジェクトにも応用できるヒントが詰まっています。

©Chongqing Longfor Jingnan Properties Co.,Ltd.

判断ポイント1:まず“人の動き”を解く——迷路をほどく骨格づくり

  • ©Large Format Photography Studio

  • Cross-section of the Urban Core

沙坪壩駅は、都市間高速鉄道6線と地下鉄7線が交差し、1日約35万人が行き交う巨大な交通結節点です。高速鉄道駅直上に複合施設を連結するTOD開発は、計画当時の中国では実現例がなく、しかも総開発面積50万㎡(商業20万㎡、オフィス等25万㎡)に及ぶスケール。想定される人の流れも、空間のボリュームも、最初から“通常運転”ではありません。
日建設計は、既存計画案に対する検証を行う1.5ヶ月の短期コンサルティングの依頼がきっかけとなり、このプロジェクトに参加しました。当時の計画案の最大の課題を、「駅とまちがつながっていない」ことだったと丁は振り返ります。インターシティ・地下鉄・バス・タクシー・一般車という5種類の交通が複雑に絡み、地下7階から地上までの動線も迷路のようで、乗り換えルートが直感的に分かりにくい。そして巨大な開発区自体が周辺街区を分断していました。

全体スケジュール

コンサル開始時点で躯体工事はすでに進んでおり、どこまで変更できるのかが見えない状況の一方、クライアントチームには進取の気風がありました。そこで、設計チームは短期コンサルの枠にとどまらない大胆なデザイン提案を行います。ポイントは“人の動き”を解く。特に、約25万人の地下鉄利用者を、直上の複合施設へ自然に誘導できることを最重要に据え、動線を組み直しました。東西2か所に大きなアーバンコアを設けて上下の動線を集約し、さらに開発区を南北に貫通して周辺街区をつなぐ開放的な歩行者空間を提案。複雑な乗り換えとまちへの流れを、迷わない骨格へと整理していきます。人の流れを一本のストーリーとして組み替える——初動で骨格案まで出すことで、工事と設計を同時進行する難プロジェクトをTODの成功例へと導く最初の分水嶺となりました。

コンサル段階の提案

動線整理

判断ポイント2:短期間で決め切る場・材料・人——ワークショップで合意形成を加速

良い案があるだけでは巨大プロジェクトは前に進みません。関係者が多いほど、議論が発散しやすいからです。そこで本プロジェクトでは、短期間で合意形成するための「場・材料・人(体制)」を設計しました。

2017年7月のワークショップ

社内キックオフは2016年6月中旬。7月初旬には中国で3泊4日の第1回ワークショップを実施しました。ここで複数案を提示し、わずか数日の集中議論で、複合開発の骨格を合意しました。続く第2回(東京)ではボリューム感(例:タワー高さ約200m)を確定し、第3回(中国)で商業プランニングを固める。さらに9月中旬(中国)には外装デザインの方針まで到達します。短期間でここまでの進捗を実現させるには、意思決定を偶然に任せない仕組みが必要でした。

2017年8月ワークショップ、プラン方針を検討

ワークショップの前には、持ち込む資料や決定すべき事項を明快なレジュメで共有し、意思決定者の参加を依頼するなど、合意形成の土台を準備しました。前回案と今回の提案群を並べて比較できる状態で持ち込み、議事録では議論中の写真も貼りこむなど、結果を記述するだけでなくその過程まで可視化することで、参加者全員が迷いなく次の段階に目を向けることができました。スピードとは単に急ぐことではなく、決めるための場・材料・人(体制)を整えること——それが、このプロジェクトの2つ目のポイントでした。
こうして後戻りのない判断が連鎖し、プロジェクトはハイスピードで前に進みました。

2018年6月中間報告時に使用した模型

判断ポイント3:模型でリアルを共有する——触覚で迷いを減らし、後戻りを防ぐ

合意形成の材料として、効果を発揮したのが模型です。CGやレンダリングは強力ですが、形やボリュームの妥当性そのものは読み取りにくい場合もあります。模型はその点、ごまかしがきかない分、色眼鏡なしにスケール感や実現性を検証することができます。クライアントには自分の手で模型を触ってもらいながら議論していき、さらに、次のワークショップでは前回との差が一目でわかるようbefore&afterで持ち込みました。すると、実感を伴う当事者意識が生まれ、後から意見が揺れにくくなる。設計の意思決定を参加者全員が共有する体験としたのです。

VRによるデザイン確認

材料サンプルも、写真だけで決めない。建築は最終的に実在するものだからこそ、設計段階で完成に近い感覚を得られる方法を常に活用する——丁はそれを「触覚の重要性」と表現します。

材料選定

現場確認

緊急事態への向き合い方——「できない」を受け止め、価値を組み替える

建設プロジェクトでは、途中で前提条件やニーズが変化することがあります。本件でも、設計が終了した段階でデザインの調整を迫られる局面がありました。工事が進む中、原因探しに時間を使う余裕はありません。変更発生の現実は早々に受け止め、チームの心を再び一つにすることが丁の急務でした。丁は、できなかったことをあきらめてまとめるのではなく、さらなる付加価値に組み替える道を選びます。維持すべきデザインは維持しつつ、工事の現状と照らして実行可能なデザインコンセプトを新たに据えました。これが結果的に、駅のエントランス性・認知性を高める方向へ舵を切ることになり、誰もが迷わず駅を見つけられる分かりやすさに結びついたのです。状況の変化に直面してどう向き合うか?大きな判断が求められた一幕でした。

立面デザイン案(途中経過)

おわりに:丁炳均からのメッセージ

当初は短期コンサルでご依頼いただいたプロジェクトですが、設計業務までかかわることができました。コンサルティングも設計も、大切なのは、その土地や人をよく理解したうえで、事業の当事者が気づいていないストーリーを見つけ出し、事業とデザインの価値観をすり合わせ、共通の世界観をつくっていくことです。このワークショップでも、クライアントが自らデザインコンセプトを提案するなど、想像を超えたシナジー効果が生まれました。
建物の実存性が実感できない設計過程において、関係者が現実味を持って参画するためには、手で触れる模型が大きな助けになります。私はもともと模型を作ることが得意で、他の人がスケッチをするように、模型を作ってしまうタイプです。マネジメントが主な役割となってから、自分で作ることは徐々に少なくなっていきましたが、このプロジェクトの模型は全部私が作っていました。ワークショップの参加者が、みんなで模型を囲んで、それぞれ自分の手でちぎったりくっつけたりしながら、デザインを自分事化していくのを見るのが醍醐味でした。仮想現実技術が発達する中で古い考え方かもしれませんが、建築に携わる人には、様々な立場でプロジェクトにかかわる人々と「触覚」を共有するということを、これからも大事にしてほしいと考えています。

丁が手掛けた様々な模型

  • 丁 炳均

    丁 炳均

    設計部門 グローバルデザイングループ
    部長

    2004年、筑波大学修士課程を経て日建設計に入社。建築設計を専門として商業複合施設、オフィス、図書館など幅広いタイプの建築を日本、中国、韓国で実現させてきた。2013年、UCL Bartlett Urban Design March修学をきっかけに都市と公共交通、パブリックスペースをテーマとするTODが主な業務となり、広州ITC新塘駅、重慶沙坪壩駅、広州白雲駅、深セン西麗駅、上海龍陽路駅など、駅まち一体開発の設計を担当している。TODの次なる展開として都市の分断を解消する「都市的建築デザイン、建築的都市空間」実現を目標に2015年から日建設計TOD研究会のリーダーを務めている。一級建築士、日本建築家協会会員、登録建築家、日本建築学会会員。

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