人間と空間の相互作用で進化するオフィス

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日建グループでは、ワークプレイス実証を展開するにあたり、「変革」、「体験」、そして「カーボンニュートラル」の3つを各プロジェクトの共通キーワードとして掲げています。
●変革:自分たちを実証実験の場に置いてみる
●体験:共同・共有・共創によりワークプレイスの体験価値を向上させる
●CN:カーボン・ニュートラルへの取組み
 これらの3つのキーワードを踏まえ、日建設計執行役員の杉山俊一(写真左)が、建築・都市をテーマにさまざまな活動と研究を行い、企業や協会と共同で次世代のワークプレイスを模索する活動をされている合同会社ナカラボ代表の仲 隆介さん(写真右)に、現代に求められる「新しいワークプレイス」について伺いました。

杉山俊一(以下、杉山)  長年ワークプレイスの研究を続けてこられた仲先生にとって、ワークプレイスにおける研究テーマとはどのようなものでしょうか。

仲 隆介(以下、仲)  私は、主に空間と、そこでの人間の行動との関係性について研究を続けてきました。大学時代、オフィス研究の第一人者である沖塩荘一郎先生の研究室に入ったことがきっかけでオフィス研究の面白さに目覚めたのですが、もともとは建築家を目指していたんです。ですから、初めはハードとしてのオフィス空間の質が最も重要だと考えていました。ですが、研究を続けるうちに、オフィスユーザーの目的を最大限助けるような空間を目指すことが重要だと考えるようになったのです。その実現には「働き方」といったソフトへの介入が不可欠で、そこから徐々に空間デザインだけではなく、その空間における働き方や人間の行動をデザインすることに興味がシフトしてきました。
 とはいえ、日本のオフィスユーザーに「どんなオフィスで、どんな働き方がしたいですか?」と尋ねても、ほとんどの人は自分の中に答えをもっていません。自分の家のことには興味があっても、自分のオフィスについてはそこまで興味のない人が多い。それでも、最終的な答えはユーザー自身の中にあるので、潜在意識を引き出すようなワークショップを行ったり、アクティビティが誘発されるような働きかけをしたり、といったことを自然と行うようになりました。
 より良いワークプレイスを考える時に、あくまでも主役は人間だということを忘れてはいけません。空間だけが輝いていてもダメで、空間がそこにいる人間や人間関係を輝かせることが大切です。空間と人間の行為が混ざり合うワークプレイスほど、相互作用が生まれ、アクティビティが誘発される面白い場になるのです。

ワークプレイスが「文化」の変化と「進化」を生む

 空間と人間の相互作用が生まれた事例をご紹介します。今から7–8年ほど前に、愛媛県西予市の市役所のオフィスデザインを担当することになりました。空間デザインはOpen Aの馬場正尊さんです。いわゆる普通の市役所をフリーアドレスにしたのですが、人事情報を扱う方から「個人情報をパソコンで扱っているときに、背後を人に行き来されるのは困る」と苦言を呈されたりと、初めは職員の方々から猛反対を受けました。ですが、実施してから1年ほど経って視察に行ったところ、なんと当時、フリーアドレス化に猛反対されていた職員さんが、「フリーアドレス化してよかった」と話しかけてくださったんです。詳しく聞いてみたところ、役所内の「文化」が変わったとおっしゃる。
 役所は、事務分掌の考えに基づいて仕事が振り分けられるため、同じ課の中の縦のコミュニケーションは発生しても、課を横断するような横のコミュニケーションはなかなか起きにくい環境です。そんな環境でフリーアドレス化をすると、ずっと隣にいた同じ課の担当者がいなくなるので、最初の1–2カ月は役所全体のコミュニケーションが激減します。ただ、人間誰しも「今日は隣の人に話しかけてみよう」という気分が生まれる日もある。そういうときに発生した小さな会話が、徐々に周囲に横のコミュニケーションを誘発させ、結果的に役所全体の雰囲気が変わったのだそうです。このように、空間とそこを利用する人間の行為が混ざって、相互に作用しアクティビティを後押しすることで、職場全体の雰囲気が変わるということが、時間をかけると起きるのです。
 その職員さんに、その後、人事情報の取り扱いなどは問題ないかと尋ねたところ、少し恥ずかしそうに「あれは僕が席を移動すればよかったんです」と答えてくれました。当たり前のことですが、元の職場環境では、どうしてもその発想が生まれません。意識的にも無意識的にも、基本的に人間は空間から影響を受け続けます。ですから、それらがうまい具合に作用し始めると、文化も人間もガラリと良い方向に変わるんです。

杉山  「文化」が変化していく様は、異質な個体同士がぶつかったときに、特異な遺伝子同士が結び付いて新しい遺伝子が生まれて進化につながるという点で、まさに「進化論」に近いのではないでしょうか。空間の力が人間の行動を手助けして、新しい人・環境とぶつかりあえるようになるというのは、まさに進化のプロセスであり、それがワークプレイスで起きるのですね。

 おっしゃる通りですね。ある種、異質な行為を生み、それをさらに新しいものに進化させていくことが、今の時代に求められていると思います。

カーボンニュートラルの時代における 「新しいオフィス」とは

杉山  12年前に、過去のオフィス事例を体系的にまとめた『Office Book』(「オフィスブック」制作グループ:日建設計・日本設計共著、彰国社、2011)を刊行しました。その中で、近未来に起きる変化の予想をいくつか書いていまして、「どこでもオフィス」——今でいうABW(Activity Based Working)や、複合用途のなかでのオフィスを考えた「分けるから混ぜる」、移動とコミュニケーション促進のための「貸室内階段」などを挙げています。今回久しぶりに内容を振り返ってみて、見当違いなことを言っていないだろうかと少し不安に思いましたが、おおむね現代の実状から的を外さないことが書かれていたので安心しました(笑)。では、この先10年後に求められるオフィスとはどういったものか、お話しできればと思います。
 カーボンニュートラルが前提条件として求められる現在、「次世代オフィスプロトタイプ」と題した新しいオフィスの概念と手法づくりに取り組んでいます。従来のロングスパン均質型から窓際と中央部の間に柱を設け、空間にゆらぎを与えることで、性質の異なる集中ゾーンとコミュニケーションゾーンを設定するという発想です。外周部に構造的な自由度をもたせて室内に吹き抜けを設けたり、木質化の可能性も含めた新しい空間をつくる提案でもあります。こうした計画で、建設時CO2排出量の支配的な割合を占める鉄骨やコンクリートを減らし、CO2を46%削減できる試算をしています。

  オフィスは基本的に広ければ広いほど賃料が高いですが、それは同じ場所で人間を混ぜることに価値があると、実は多くの組織が気づいているからです。ただ、大空間を用意しなくても、内階段と吹き抜けで上下階にゆるやかなつながりをつくることで、移動の利便性やコミュニケーションの誘発という点で大空間と比較しても大きな費用対効果が得られることもあります。将来の状況の変化に応じて、より良い環境を選択できる余地をはじめに用意しておくというのは良いですね。

杉山  またもうひとつの取組みは、将来、オフィスからホテルや商業へといった用途変更をできるだけスムーズに行うことができる「ライフサイクルボックス」です。建物が解体されてしまうのは、多くは骨格の寿命が理由ではなく、可変性や設備機能が時代についていけないというケースがほとんどです。そこで、建築基準法の用途制限からくる改修時の課題に対する解答を、新築時にあらかじめ設定できるモデルを考えてみました。またこの提案は、改修時のもうひとつの課題であるテナントの「居ながら工事」を可能とする視点も備えていて、資材搬入にも使えるヴォイドやピット階を新築時に設置し、地下駐車場を改修時の工事動線とする計画モデルとしています。計画初動期にこのような仕掛けをしておくことで、建物改修が促進され長期利用、ひいてはCO2削減につながります。

ライフサイクルボックス:オフィスの将来の用途変更のイメージ

 可変性を担保することでカーボンニュートラルにつなげるという発想ですね。素晴らしいと思います。そういった初期投資をするハードルが、今後もっと下がるといいですね。初めに施すデザインが進化することで、追随して建築の表情が時代とともに変わっていく、とても面白い提案だと思います。

杉山 これからの時代、カーボンニュートラルを実現する上では、最初にそういう仕掛けを仕込んでおくことが最も重要だと感じています。今お話しした提案はまだ実現できていませんが、今後少しずつでも実現していきたいです。

行為や人間を“和える”ワークプレイス「生きる場」

杉山  仲先生が実践していらっしゃる「生きる場プロジェクト」では、「働く」行為と「遊ぶ」行為を混ぜるようなワークプレイスを提案されていますよね。

  仕事に取り組むモチベーションや発想力を上げるためには、積極的にさまざまな行為を混ぜた方が仕事の効率は上がると思っています。
 「生きる場」は、琵琶湖のほとりにある小さなワークスペースです。プロジェクトの始動前、実験的に琵琶湖付近の民泊で1週間ほど仕事をしてみたのですが、日が経つなかで、民泊の方から「薪割りを手伝って欲しい」などと声をかけられるようになりました。普段だとつい、「忙しいから」と断ってしまいそうですが、自然環境の中にいると自然に手伝うことができて、とても気持ちの良い経験でした。また、仕事の合間に湖で泳いで気分転換をすることもできる。そうやって自分の仕事以外の行為を混ぜながら働くことで、結果的にとても生産性が上がるのを実感しました。
 こうした体験から、異なる行為や人間を出会わせて「和える」ワークプレイス、「生きる場」が生まれました。今後は行為のみならず、これまで混ざり合うことのなかった都会のオフィスワーカーと、地元の漁師や農家のような方々との交流を図っていきたいと思っています。きっと面白い発想やビジネスが生まれるはずです。

生きる場プロジェクト 提供:ナカラボ

杉山  社会環境そのものを変革させていくということですね。
 オフィスの話からは少し脱線しますが、以前弊社で江東区の豊洲シビックセンター(2015年竣工)の設計を担当させていただきました。役所や図書館、ホールの機能を含んだ複合施設なのですが、そこで、ステージ奥と客席の壁面が回転パネルになっている「外に開く」ホールを提案しました。パネルが開くと、奥には豊洲の海が見えるホールです。前例のないホールですので初めは不安の声もあったのですが、完成したホールで公演をする演奏家やパフォーマーの方たちが回転パネルの存在を知ると面白がってくれて、その仕組みを利用したパフォーマンスをしてくれるようになったんです。とても良い相互作用が生まれていると感じました。
 なるほど。そのお話をワークプレイスに置き換えると、「こんな働き方をしたい」という発想が、環境から示唆されるような空間ができたら最高ですよね。決まった働き方を後押しするのも大事ですが、その先に、新しい働き方のイメージを与えてくれるような空間が、今後は求められていくと思います。

杉山 そうですね。やはりユーザーのことを信用して、まずは好きなようにその空間を使ってもらう。思い思いの過ごし方をしてもらうことで、ユーザーから新しい空間の使い方の提案があるのではないか、ということを考えた提案でもありました。

 ワークプレイスで行為や人間を「和える」ことの重要性はお伝えした通りですが、ワークプレイスを考える上でもうひとつ重要なのが「変化」です。私は最近「外ワーク」というワークスタイルを推奨しています。現代のオフィスワーカーは、1年中快適な温湿度に保たれたオフィス環境に慣れてしまっていますが、脳を活性化させるためには変化が不可欠。屋外環境に合わせて過ごし方や気持ちを変えてみると、仕事にも良い結果が生まれます。

杉山  同じ環境に身を置き続けると、自分自身の許容度が下がってしまいますからね。
 個人的な興味の話になりますが、オフィスを計画する上で、1日のオフィス生活のデータを集積していき、エネルギー消費の変動と比較すると面白いのではないかと考えています。近年、均質なオフィス空間から、空調や照明などの強さにゆらぎのある不均質で特徴をもった空間を目指す取組みが増えてきていますが、それを行うには1日の人間の動きをいろいろな観点から計測するのが大切だと思うのです。

 人間側が変化を許容する感覚を身につけることも大事ですし、その変化を受け入れられるような空間を用意することも大事ですね。ただ都会の場合、機能ごとに細かく分かれた社会システムに、都市や建築の形態が合致してしまっているので、混ぜようとしたり変化を起こそうとしたりするのがなかなか難しい。

杉山  そうですね。時としてシステムは人間の行動を規制してしまいかねませんから、都市や建築を設計する際にルールを決め過ぎないと同時に、既存のルールを疑ってみることが大切だと思います。

 ええ。そういう経済性と効率優先で用途が明確に分けられた排他的な都市や建築について、以前、林昌二さん(元日建設計副社長)が「建築家は100年かけて過ちを犯してきた。これから100年かけてつくり直すんだ」とおっしゃっていました。今後は、都市の中にも「混ぜやすい」場所がもっと増えていって欲しいですね。

仲 隆介
合同会社ナカラボ代表、京都工芸繊維大学 名誉教授

社会における建築・都市をテーマに様々な活動と研究を行う。知識創造時代のワークプレイスにも力を注ぎ、企業や自治体と共同で次世代の働き方とワークプレイスを模索する活動を展開。働く場の可能性を広げることを目的とした社会実験プロジェクト「生きる場プロジェクト」の代表も務める。

杉山俊一
執行役員
設計監理部門 設計グループ プリンシパル / 品質管理グループ プリンシパル

東京工業大学建築学科、修士課程修了後1992年入社。以来、複合建築を中心に多くの大型プロジェクトを中心に手掛けてきている。近年では、東京都心での東京スクェアガーデン(2013年)、六本木グランドタワー(2016年)、熊本桜町再開発(2019年)等大規模かつ鉄道・バスターミナル等交通施設と複合したTODプロジェクトを担当。日本建設業連合会 BCS賞、日本建築学会作品選集、日本建築家協会作品選、MIPIM等受賞多数。一級建築士、日本建築学会会員、日本建築家協会会員。

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