美術館の歴史

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近代美術館の歴史は、1793年パリのルーブル美術館の設立にさかのぼると言われていますが、その起源は、博物館に相当する英語「ミュージアム」の語源はでもある「ムサイオン」に求めることができます。
「ムサイオン」は、ギリシャ神話のムネモシュネの娘たち「ムーサ」を祀る神殿であり、「ムーサ」が文芸・学術を司る神であったことから、芸術や学問を探求する場として使われていたことに由来すると言われています。

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ちなみに、ムネモシュネの9人の娘は、カリオベー(叙事詩)・クレイオ—(歴史)・エウテルベー(抒情詩)・タレイア(喜劇)・メルポメネー(悲劇)・テルプシコラー(合唱・舞踏)・エラトー(独唱歌)・ポピュムニアー(讃歌・物語)ウラニア(天文)です。ここにも表れる通り、当時は、文学・音楽・歴史・自然科学が学問の対象であり、残念ながら、美術はまだ芸術・学問というよりは技術・技能的な位置づけであったようです。

では、美術が芸術として認識されたのは何時か、それはおそらくルネッサンスの時代であり、ウフィツィ美術館が16世紀に設立されたことからもうかがわれます。ただし、当時の美術館は宝物庫としての役割が主で、現代の定義における美術館にはまだ至っていません。
このころから、絵画や彫刻が教会や建物の装飾から独立した美術品として評価されるようになったと考えられます。その証として、絵画は額縁に入り、彫刻は台座の上に設置され、流通するようになりました。

その後、美術品の評価の高まりに合わせて、先述のルーブル美術館を皮切りに、数多の美術館が世界に登場していきます。
ナショナルギャラリー(ロンドン)、アムステルダム国立美術館、エルミタージュ美術館、メトロポリタン美術館、ボストン美術館、MOMA、グッゲンハイム美術館・・・。
美術館建築は、かつての宮殿などを利用したものから、美術館専用の建物として建てられるようになり、しばらく、美術と美術館の関係は蜜月の時代が続きます。
つまり、美術館は美術品を展示する館(宮殿)であり、美術品は美術館に展示されることで権威づけられ、美術界の中でその位置づけを確固たるものとして流通していきました。
絵画・彫刻から始まった美術は、印象派以降、常にこれまでの美術という概念、価値観へのアンチテーゼとして新しい表現が生みだし、その概念自体も美術として取り込むという手続きを繰り返して美術という概念を拡大しています。
キュビズム、シュールレアリスム、抽象表現、ネオ・ダダ、ポップ・アート、ミニマル・アート、コンセプチャル・アート。
これらの様々な表現を受け入れる空間として、美術館もやがて白い大きな箱としてそのスタイルを定着させたかに見えました。
しかし、ランド・アートやインスタレーションなど、美術は美術館を飛び出して、さらに概念を拡げています。さらに、21世紀になりインターネットが普及し、バーチャルな世界が加わることで、美術はますます変貌を遂げつつあります。
その時美術館はどんな姿になっているのか、美術館建築は今も進化を続けています。

美術館の光環境

美術館の展示室における光環境は、作品の本来の姿を正しく伝えられることが最も重要であり、加えて、作品の保護・保存という観点で有害でないことが求められます。 かつては、安定した天空光や北側からの自然光を、光量を調整しながら取り入れていましたが、照明器具の技術の進歩によって、自然光に近い演色性を持ち、かつ有害な紫外線をカットした照明器具が現れると、作品の保護の観点から、展示には人工光のみによるべきであり、自然光は取り入れるべきではないという考え方が一般化してきました。 しかし近年、時間や天候によって光量や色温度が変化する自然光の魅力も再評価され、合わせて省エネルギーの観点からも、自然光と人工光の併用による展示方法も見直される傾向にあります。 ただし、自然光を取り入れるに当たっては、作品が年間に受ける光の総量やその成分を十分に吟味して設計する必要があります。

自然光を取り入れた美術館

美術品の中でも比較的光に強い彫刻や陶磁器等を展示する美術館では早くから自然光を使った展示が試みられています。 「東洋陶磁美術館」では、陶磁器の中でも特に自然光の中でその美しさを際立てる「青磁」の展示に自然光を使っています。古来、青磁を見るには、「秋の晴れた日の午前10時ごろ、北向きの部屋で障子一枚へだてたほどの日の光で」と言われたほど、「青磁」は光の種類や状態の影響を受けやすいものです。 「東洋陶磁美術館」では、さまざまな試行錯誤の末、光ダクト方式を開発し、光の量と質をコントロールすることによって、前述の光条件にほぼ合致した光を取り入れることに成功しました。 これにより、青磁の持つ微妙な釉色・釉調を味わうことができる理想的な鑑賞空間を生み出しています。

光ファイバーによる美術館

これまで、美術作品において「展示」と「保存」は相反する問題として扱われており、照明においても、照明器具から発せられる光が作品の劣化に悪影響を与えてきました。この問題を軽減する一つの回答として、光源を展示空間から隔離して、光ファイバーを通して展示室に光を送り込むという手法があります。この手法で成功した事例が箱根にある「ポーラ美術館」です。 「ポーラ美術館」では光ファイバーによる展示照明を採用することで、光源で発生する熱の絵画への影響を最小限にすることができ、かつ、照明器具の球替えや光の質のコントロール、メンテナンスを安全な位置で簡易に行えるというメリットもあります。 また、光ファイバーのため、展示室に現れる光源が究極まで小さくできていますので、鑑賞の妨げとなる武骨な照明器具が展示室内に現れず、絵画に集中して鑑賞することができる点が最大の特徴です。

LEDによる美術館

近年、LED照明が急速に普及していますが、美術館の展示照明にあっては、普及が遅れていました。その原因はLEDの演色性にありました。演色性を評価する指標として、天空光を100に対してどれだけ正確に再現できているかという、Ra値(平均演色評価数)が用いられますが、ハロゲンランプの評価がRa100であるのに対して、LED照明は90前後で特に赤色の再現性に弱点がありました。しかし、これもかなり改善されてきており、高演色性のLED照明では、一般の目にはほぼ遜色ないところまで進歩してきています。
この状況の中、美術館で初めて全館LED照明で実現した建物が千葉県の土気にある「ホキ美術館」です。「ホキ美術館」では、天井に天の川のようにLED照明がちりばめられており、一枚の絵画に対して20~30灯の照明器具が照らしています。LEDは2種類の色温度の器具が使われており、それらを調光しカクテルすることで絵画の持つ雰囲気に合った色温度に設定することができます。

美術館の空調

美術館の空調環境においては、作品の保存の観点から、温度と湿度を一定に保つことが重要です。収蔵する作品によっても異なりますが、UNESCOでは、温度16~24℃相対湿度45~63%と規定されています。ASHRAE(アメリカ空調学会)の基準では温度18.5~22.2℃、相対湿度50~55%とさらに厳しいものになっています。 さらに加えて、急激な温度や湿度の変化を抑制することが重要です。急激な温度の変化は美術品の素材を収縮させ、ひび割れや劣化の原因となるだけでなく、相対湿度を変化させますので結露等の要因ともなります。 よって、空調システムの選定や空調機の能力の設定には、十分な専門的検討が必要です。 また、空調機の能力の設定もさることながら、空調機の吹き出しの位置と風速にも注意が必要です。空調機からの気流が美術品に当たると、美術品の劣化の原因となります。 空調の吹き出し温度を室温とあまり大きく差を付けず、かつ、ゆっくりとした風速で空調することが重要です。 また、新たな取り組みとして、千葉市土気に建つ「ホキ美術館」では、放射冷暖房と最小限の風量による空調を組み合わせた空調システムが採用されています。ここでは鉄板製の天井内をチャンバー(ダクト)として空調空気を吹き出すことで、天井の面自体が冷やされ或いは温められ、放射冷暖房として機能するものです。 このシステムの採用に当たっては、BIMによる気流解析などでその効果を十二分に検討し、空調機から吹き出す風量・風速を抑え、絵画に当たる気流を最小とすることと快適な鑑賞空間を実現しながら、省エネルギーにも寄与しています。

このように美術館建築は、新たな技術とともに、変化してきました。今後も、技術を積極的に取り入れ、建築デザインと融合させていくことで、人々の豊かな生活文化の向上のために貢献できるものと考えています。

  • 中本 太郎

    中本 太郎

    設計監理部門
    設計グループ
    シニアダイレクター

    1991年、東京藝術大学修士課程を経て、日建設計に入社。
    専門は建築意匠設計。
    美術館から学校、商業、超高層まで、幅広い分野で、国内外に存在感のある建物を数多く手掛けている。
    主なプロジェクトは、コナミスーパーキャンパス(2007)、ホキ美術館(2011)、城西大学紀尾井町キャンパス(2013)、東京藝術大学第6ホール(2014)、東急プラザ銀座(2016)、ミュージアムタワー京橋(2019)、釜山ユーラシアプラットフォーム(2019)、仁川新国際フェリーターミナル(2020)、など
    一級建築士、日本建築家協会会員、日本建築学会会員。

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