安心・安全・高精度な重粒子線治療を支える
施設設計

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現在、日本国内の重粒子線治療施設の数は7。そのうち5つの設計を手がけたのが日建設計です。私たちは豊富な経験で培った確かな技術とノウハウで、患者へのホスピタリティと先端医療の安全対策および治療精度に貢献しています。ここでは「大阪重粒子線センター」を代表事例としてご紹介します。

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日本が世界に誇る先端のがん医療

加速器と呼ばれる大型装置で光速の約70%まで加速した重粒子線(炭素イオン線)を、患者のがん細胞に狙いを絞って照射する重粒子線治療。周囲の正常細胞へのダメージを最小限に抑えつつ、従来の放射線よりもはるかに強い破壊力で、がん細胞だけを死滅させる効果が期待できる治療法です。

重粒子線治療は、世界に先駆けて実運用に成功した日本発の先端医療。高額な治療費用がネックでしたが、日本では2022年から保険適用となる疾患が拡大され、かつてよりも身近な存在になりつつあります。切らずに、副作用が少なく、通院で治療可能。体に優しいがん医療として、今、世界からも注目を集めています。

患者に寄り添う「ペイシェント・ファースト」な空間に

エントランスロビー

重粒子線治療施設は、がんという重篤な病気を抱えた患者が訪れる場所。心の不安と体の負担をできるだけ取り除き、安心して治療に臨んでもらう空間づくりが求められます。そこで「ペイシェント・ファースト」を設計コンセプトとし、まるで空港のエアラインラウンジのようなホスピタリティ溢れる施設を目指しました。

1階治療ホール入口

患者の利用ゾーンは上下移動のない1階に集約。待合、診察、検査、治療がワンフロアで叶う構成です。2層吹き抜けのエントランスロビーには、アジアンウォールナットのフローリングを基調に、温かみのある天然木を多用しています。大きな採光窓からは植栽された中庭を見渡すことができ、緑を目にしながら心落ち着く設えとなっています。ロビーの空調は輻射式冷暖床システムを採用。輻射熱により、どの場所にいても快適に過ごせる温度環境をつくりました。
  • 治療ホール

  • 治療室

診療エリアはエントランスロビーと連続した木質のインテリアで統一する一方、治療エリアは真っ白な近未来的インテリアに。これから先端医療を受けるのだという期待感を盛り上げる内装です。とはいえ、冷たく無機質な印象にならないよう、調色・調光制御できる間接照明を用い、治療室の壁を装置と一体化した曲面にするなど、温かさと柔らかさに包まれるような工夫を施しています。

周辺地域との景観調和を図った外観も特徴的です。歴史の積み重ねを感じる大阪城大手門という立地から、外壁のモチーフを「積層」に。花崗岩打込みPC版を用いて、大阪城の石垣との呼応を試みました。実は積層は「人生の積み重ね」も表現しています。地域の歴史のみならず、人の命や人生にも想いを巡らせながら設計した施設です。

独自の放射線遮蔽技術で、安全性と経済性を両立

特に気を付けなければならないのは、被ばく対策です。放射線が発生する加速器室を最大3メートル幅の厚いコンクリート躯体で覆うといったことが必要です。日建設計には、原子力発電所の放射線遮蔽能力と同等のクォリティを担保する技術の蓄積があります。

たとえば、モンテカルロ法シミュレーション(乱数を利用して種々の確率現象をシミュレートする確率論的数値実験法)による漏えい線量評価を行っています。スーパーコンピューターを利用することで、線量評価の精度が高まり、遮蔽コンクリートの適切な厚みを算出できるようになりました。かつては過剰な厚みのコンクリートを必要としましたが、現在では厚くすべき場所、薄くしてもよい場所を細やかに設定でき、建設コストの削減につながっています。

奥まった場所にある3つの治療室とメイン廊下に面した各出入口の間には、ジグザグと複数回クランクする通路を設けました。治療室から漏えいした放射線は、何度か壁に当たることで散乱し減衰していきます。このため、出入口には従来の高価で重い遮蔽扉が不要となり、一般的なスチール製扉を取り付けました。数々の経験に基づいた独自の放射線遮蔽技術が、安全性と経済性の両立を可能にしています。

高い治療精度を実現する、緻密な温度管理技術

重粒子線治療施設の設備は、治療装置の性能をバックアップし、高い治療精度を実現するのが至上命題です。加速器は重粒子線を毎秒数百万回、円形軌道上で周回させて治療に必要なエネルギーまで加速する装置。金属材料のため、エネルギーにより高熱を帯びると、伸び縮みを起こすことが知られています。

加速器室内部

伸び縮みによるわずかな歪みは、治療精度に影響を及ぼしかねません。これを防ぐため、加速器室には緻密な温度管理を可能にする冷却水設備や空調を完備しました。特に重粒子線を加速器へ入射する装置であるリニアックの周囲には、±0.5℃の精度で冷却水を供給しています。空調はフィードバック制御を二重ループにして、より安定的に温度を制御するカスケード方式を採用。必要な供給温度を低温→中温→高温と段階的にカスケードさせることで、異なる温度を効率よく利用する冷却システムを構築しました。

さまざまな省エネルギー・省コスト対策も行っています。治療室に供給し温度調節された新鮮外気は、排気せずにビーム輸送エリアを通して加速器室にトランスファーさせ再利用。これが施設全体の供給外気量低減に役立っています。また、加速器室は装置エリアのみを空調。冷却水温度を高めにし、大部分の負荷を冷却塔で処理することで、エネルギー削減を図っています。

重粒子線治療施設をもっと世界へ

現在、日本以外に重粒子線治療施設があるのは、米国、ドイツ、イタリア、オーストリア、中国、韓国など。これ以外の国や地域でも建設が計画されており、今後さらに世界に広がっていくことが期待されています。日建設計は、「台北栄民總医院 重粒子線癌治療センター」と韓国の「延世医療院 重粒子がん治療センター」(韓国)を手がけるなど、海外でも実績を積んでいます。

高度な安全対策や治療装置のバックアップ対策が求められる重粒子線治療施設。私たちは同施設の設計に世界で最も数多く携わり、専門性の高い技術を蓄積してきました。この強みを活かして、今後も国内外における重粒子線治療の普及に貢献してまいります。

撮影:株式会社写真通信

  • 五十君 興

    五十君 興

    デザインフェロー

    1983年 神戸大学大学院修士課程を修了し日建設計に入社。単体の建築だけでなく、複合化された都市レベルの巨大建築設計まで広範囲に手掛ける。「成田空港旅客ターミナルビル」「明治イノベーションセンター」「羽田クロノゲート」など空港ターミナル、研究施設、物流施設において時代の先端を切り開く施設を設計。最先端を目指すベースにあるのは「不易流行」の姿勢を忘れないこと。医薬品・食品・電子機器などの工場・研究所をはじめ、長野オリンピック フィギュアースケート会場「ホワイトリンク」のようなアリーナ、重粒子線がん治療施設「佐賀ハイマット」なども手掛ける。JIAサステナブル建築賞、公共建築賞、日経ニューオフィス賞などを受賞。1級建築士、日本建築学会会員、日本建築家協会会員。

  • 冨田 彰次

    冨田 彰次

    設計監理部門
    設計グループ
    ダイレクター

    1987年、名古屋工業大学学士課程修了。総合建設会社を経て、1989年より日建設計名古屋オフィスに在籍。「岐阜県民ふれあい会館」「三重県運転免許センター」「中部国際空港セントレア」などの設計を担当した後、東京本社に転勤し、「豊洲新市場」「理化学研究所計算科学研究センター『富岳』」「大阪重粒子線センター」などの設計を担当。文化施設、研究施設、空港施設など幅広い種類の建築設計を担当しており、その後、名古屋オフィスに戻り引き続き設計部門に所属。
    施設利用者、施設管理者、地域の人々に喜んで頂ける建築を総合設計事務所の強みを活かし、クライアント・設計監理者・施工者とともにチームワークで『こころをかたちに』していきます。一級建築士、日本建築家協会会員、日本建築学会会員。

  • 黒澤 清高

    黒澤 清高

    設計監理部門
    設計グループ
    アソシエイト

    2007年、千葉大学修士課程を経て、日建設計入社。専門は建築意匠設計。
    「HIOKIイノベーションセンター(2015)」「大阪重粒子線センター(2017)」など、研究施設を中心に、最先端医療施設、商業施設、居住施設、福利厚生施設、など新築、改修問わずの幅広いビルディングタイプの設計を担当。一級建築士、日本建築学会会員。

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