複数の要望を同時に叶えるBIMデザイン

~桐朋学園大学音楽学部調布キャンパス~

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2009年ごろから日本の建築業界において新たなコンピュータによる設計手法、BIM「ビルディング・インフォメーション・モデリング」の使用が急速に進んでいます。コンピュータによる設計と聞くと無機質な印象を受けますが、実際はその逆で、より身体スケールに沿った設計が可能になります。

さらにBIMは、設計時のみならず、初期提案や建設時、引き渡し後の管理にまで効果を発揮します。複雑化した建築設計を高精度にまとめ上げられるBIMは建築業界の切り札とも言えるでしょう。BIMの技術や特徴を、「桐朋学園大学音楽学部調布キャンパス1号館」の事例を通して紹介していきます。

BIMとはどのような設計手法なのか?

BIMとは、コンピュータ上の3次元の仮想空間の中に模型のように建物を組み上げる設計手法です。設計された3次元モデルは、それぞれの部材が個々に情報を持っています。

現在はまだ、これまでの二次元CADによる設計が主流です。既存の設計手法の場合、3次元の建築物を2次元に表現するため、平面図・立面図・面積図・パースなどをそれぞれ別々に作成しています。さらに積算図・建具表などを作成する際も、図面を別途に作る必要があります。

ところがBIMの場合には、仮想空間の中で作られた3次元モデルから切り出すことで、各図面は効率よく作成されます。一部を修正する際も、大元の3次元モデルを修正すれば、他の図面すべてに反映されます。さらに積算時も、3次元モデルを構成する一つ一つの部材が金額の情報を持っているため、瞬時に正確な積算が可能になります。最初にBIMをくみ上げるのは大変ですが、ひとたび組み上げてしまえば、数々のメリットがある設計手法なのです。

各シーンで発揮するBIMの強み

面積計算、概算見積りなどのプロセスが必要な初期提案では、BIMを使用すれば正確でスピード感のある提案ができます。設計時は、製作した3次元モデルをもとにシミュレーションが可能となります。風の通りや光の入り方などの内部環境がイメージしやすいので、建築主とのコミュニケーションが円滑になるでしょう。

施工時も、BIMだと施工図や施工シミュレーションが可能になります。構造体や設備配管などの兼ね合いなどを見たい場合、今までは別の図面同士を見合わせる必要がありました。BIMなら、一つの3次元モデルで素早く確認できるため、省力化や工期短縮、手戻りの削減にも繋がります。また、BIMであれば、引き渡し後の更新履歴も残すことが可能です。メンテナンス計画やエネルギーマネジメントを考える際も、効率よく進めることができるでしょう。

桐朋学園大学音楽学部調布キャンパスの計画で効果を発揮したBIM

ここで、BIMをうまく活用して複数の要望を叶えることに成功した、桐朋学園大学音楽学部調布キャンパスのプロジェクトを紹介します。

設計にあたっては「音楽大学のレッスン室に見られる、牢獄のような空間から脱却したい」という目標をあげました。
音楽大学のキャンパスが牢獄に見えてしまうのは、理由があります。音楽大学の各教室は遮音性を重視して設計されているため、窓などの開口部がない分厚いコンクリートの壁の部屋がほとんど。廊下を歩いても、シーンと静まり返っています。このプロジェクトでは、そのような閉鎖的空間のイメージからの脱却を試みました。

また教授陣や学生の声を聞くと、今まで同じ形状、大きさ、残響性能であったレッスン室を「楽器に合わせて変えてほしい」という要望が挙がりました。楽器の種類も特性もバラバラなのですから、無理もありません。そもそもこれまで多くのレッスン室が同一形状の繰り返しとして計画されてきたのは、建築をつくる側の事情でしかありませんでした。こうして本プロジェクトは、「牢獄空間からの脱却」と「望まれる各レッスン室の実現」を軸に始まりました。

それぞれの楽器に適したボリュームが出揃ったら、BIMを使って積み木のように各レッスン室を関係性に配慮しながら配置していきます。BIMの特性上、複雑なボリュームの面積計算も容易に進めることができます。遮音性を保持するためには、各レッスン室に光は取り込めません。その代わり、それぞれのレッスン室の間に廊下を挟みこみ自然採光と自然通風を取り込む設計を提案。この挟み込まれた廊下は、レッスン室同士の相互の遮音層にもなっています。また、レッスン室の廊下側のコーナーの壁には大型の開口部を設け、ガラス張りにしました。廊下に溢れる自然光を取り入れるだけでなく、ビスタが広がり、さらに視線が交錯することで、常に人の視線の中で演奏するプロの音楽家育成をサポートします。これらの採光や通風の計画やビスタの確認のためのスタディにも、BIMのシミュレーションが活躍しました。

レイアウトスタディの結果、音が比較的小さいレッスン室は2階、音が大きいレッスン室は周囲への防音の配慮から地下に配置されました。また1階は、抜けのあるピロティ空間に。学生がレッスンの合間にゆったりと休憩できるように配慮されています。ピロティを挟んでボリュームの異なるレッスン室を持つ各階の配置計画は、構造の合理性からすると簡単ではありません。しかしBIMを使用することで、合理的な構造計画、さらに自然採光と自然通風のシミュレーション、それぞれの空間でのシーンの確認を可能としました。

結果、今までにない明るい音楽大学のキャンパスが完成。BIMのシミュレーションが、個別要求を叶えるレッスン室の実現と、建築としての整合性を保つことを可能にしてくれました。このように、BIMを使えば、今までの設計環境ではうまく解くことができず諦められてきた多くの要望が叶えられるようになります。

また、コンピュテーションを用いた設計手法がもたらす空間は、無機質で不自然なイメージが強いかもしれません。しかし、この事例の結果からわかるように、必要なものを多層的に検討することで、むしろ自然発生した村落のようなナチュラルな空間が生まれることもBIMの魅力のひとつです。

  • 山梨 知彦

    山梨 知彦

    チーフデザインオフィサー
    常務執行役員

    1986年、東京大学修士課程を経て日建設計に入社。専門は建築意匠。2009年「木材会館」にてMIPIM Asia's Special Jury Award 、2014年「NBF大崎ビル(ソニーシティ大崎)」2019年「桐朋学園大学調布キャンパス1号館」にて日本建築学会賞(作品)、2011年「ホキ美術館」にてJIA建築大賞、「NBF大崎ビル」でCTBUH Innovation Award などを受賞。グッドデザイン賞、日本建築士連合会建築作品賞、東京建築賞、日本免震構造協会賞などの審査員も務めている。日本建築学会会員、日本建築家協会会員、日本オフィス学会会員。著作に「BIM建設革命」、「プロ建築家になる本」、「名建築の条件」など

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