9-1 
「未知]に取り組むボランティア活動2件

 近年、私たちは人智の及ばぬ出来事にしばしば遭遇しています。
 1995年1月17日の阪神・淡路大震災では6,400名を超える方々が犠牲となりました。2008年9月のリーマンショックでは市場のコントロールを超えてグローバル経済に混乱が起こり、日本経済もその甚大な影響を被っています。そして2011年3月11日、東日本大震災が発生し、巨大津波や余震により、18,000名(2014年8月、警視庁緊急災害警備本部発表)を超える尊い人命を奪い、福島第一原子力発電所事故を引き起こしました。また、地球温暖化による気候変動の影響にも注視が必要になっています。
 自然災害や政治・経済の動向によって負の結果をもたらす「未知」は、絶えず発生します。しかし「未知」に対する取り組みは不可欠であり、問題への対処が困難であっても、それに向けた根気ある努力の蓄積は欠かせません。ここでは、日建グループの若い人達がボランティアで「未知」に取り組んでいる地道な活動を2件紹介します。

日建設計有志のボランティア部から生まれた「逃げ地図」

 東日本大震災が発生した直後、日建設計は、被災により春期開校が遅れる大学の学生をオープンデスクとして東京オフィスに招き、学生と共に被災地の調査に取り組みました。その後、学生達のひた向きな姿勢に刺激を受け結成されたのが、ボランティア部(社内クラブ活動部)です。

 震災直後の避難所や道路が破壊された地域で、この震災復興ボランティア部の有志達が、再度の津波到来に不安を抱く被災地の方々の声を聞き、避難ルートの検討と作成のお手伝いをさせてもらいました。それが、通称「逃げ地図」です。地図上に、過去の津波履歴を重ね合せ浸水危険性のある地区を濃淡で表現し、同時に、安全な地区への地図上の逃げ道に高齢者が歩いて辿りつける所要時間の情報を色分けして塗りこみました。このように、地図上に避難に要する時間情報を可視化した地図づくりのことを「逃げ地図」と呼んでいます。

 「逃げ地図」は、地元の人たちとボランティア部の面々によるワークショップを通して共同作成されました。完成した「逃げ地図」は、避難計画が策定されるための参考資料となるだけでなく、どこに何をすればより安全になるのかを検討するためのベースマップともなっています。また、住民主導で、地域の特性や実情に合った安全な街づくりを提案し得る効果も生み出しています。

 「逃げ地図」は、宮城県・岩手県の様々な地区で作成されましたが、web公開することで多数の事例を集積し閲覧することが可能となりました。この方法でさらに改良され新たな提案が創出されることも期待されています。また、東京都の臨海地区などの避難ルートや街づくりを検討するためのツールとしても試みられています。「逃げ地図」は、新しい合意形成に基づく街づくりを可能とすることにより、2012年のグッドデザイン賞のグッドデザイン・ベスト100に、地元の方々と共に選ばれました。また、世界銀行防災グローバル・ファシリティによって災害に強い社会づくりを目指し創設された“Code for Resilience"の共同プロジェクト競技にて最優秀賞を受賞しました。
  • 9-1 「逃げ地図」の活動

  • 9-2 グレー色の濃淡は、明治三陸沖地震・昭和三陸沖地震・チリ地震・東日本大震災の浸水エリアを示す。ちなみに最も淡く最も広いグレーエリアが東日本大震災時の浸水エリア。道路に塗られた色が避難に要する時間と距離を示す。

  • 9-3 「逃げ地図」により導かれた復興計画試案
    近道整備+避難タワー+ミニマム高台移転+避難所再配置を合わせたもの。「生存」「生業」「生活」の各観点から、「逃げ地図」を用いて検討し、費用対効果の高い施策を選択することで、対象地区に最も適した復興計画を提案できる。

中国雲南省「馬蹄寨希望小学」の子供達と村人とともに

 2008年より日建設計[上海]は、ベトナム国境に近い中国・雲南省の貧困地域での小学校再建プロジェクト、希望工程「馬蹄寨(マーティージャイ)希望小学」にプロフェッショナル・ボランティアとして取り組んできました。

 馬蹄寨は厳しい気候の山岳地帯にある村のため、大半の就労世代は出稼ぎに出ており、多くの子供達は寄宿生活を送っています。また、人が集まることのできる平地も少ないため、この小学校を村の貴重な公共の場としようとしたプロジェクトでした。
 この村では、複数の少数民族が暮らしており、民族独自の言葉や衣装・踊りといった文化が現在でも確かに受け継がれています。そのため、画一的な学校づくりではなく、「一校一芸・一村一技」の考えのもとに少数民族文化を尊重した学校づくりが目指されました。
 更に、構想から建設に至るプロセスそのものを、村の自然や技術を結集する「ものづくり」にしようというボランティア達の提案が、「村づくり」「人づくり」の考え方と共に、学校をつくる基本コンセプトとして受け入れられました。教育を担当する現地政府の方々や教師の方々と共に、学校の在り方にまで踏み込んで、熱心に検討を続けながら進められたボランティア活動です。
  • 9-4 卓球台で昼食をとる子供達

  • 9-5 棚田に覆われた山岳地帯

  • 9-6 4人1組の授業風景

  • 9-7 少数民族の花族の衣装

 このボランティアチームは、それぞれ世代も背景も異なる日中混成チームでしたが、チームメンバー全員が、活き活きと暮らす子供たちの成長こそが村の活力となるであろうことに、大きな手応えを感じています。

 中国と日本の間に横たわる政治的課題に捉われることなく、このプロジェクトに関わった中国人と日本人の相互信頼は揺るぎ無いものになっています。この学校は、2013年4月に竣工しました。

9-8 馬蹄寨(マーティージャイ)希望小学 (2013)
   各棟をつなぐブリッジは、ブーゲンビリアのパーゴラで覆われる。

 「未知」に取り組み、切り拓くことができるのは、若さとボランティア精神かもしれません。日建設計・日建グループでは、このようなボランティア活動を、期待を込めて支援しています。

9-9 馬蹄寨希望小学の子ども達と日建設計[上海]ボランティアチーム

(参考文献)
日建設計ボランティア部 逃げ地図プロジェクトホームページ「避難地形時間地図 逃げ地図 ~震災に備える町づくりを支援する~」
日建設計 (2012)『NIKKEN JOUNAL 10 2012 Spring 』「中国プロジェクト」日建設計
日建設計 (2013)『NIKKEN JOUNAL 15 2013 Summer』 「学校施設」日建設計

当サイトでは、クッキー(Cookie)を使用しています。このウェブサイトを引き続き使用することにより、お客様はクッキーの使用に同意するものとします。Our policy.