開発から生まれた新しい居場所、渋谷川再生と渋谷リバーストリート【前編】

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渋谷駅中心地区の再開発、最初の大型プロジェクトとして2018年9月に開業を迎えた渋谷ストリーム。旧東急東横線渋谷駅のホーム、線路跡地等に建つ同開発の大きなテーマは、敷地に沿うように流れる渋谷川の再生だった。そして、官民が連携した再生プロジェクトを経て、清流を復活させるとともに、川沿いの空間は、2つの河川上空広場を備えた「渋谷リバーストリート」へと生まれ変わった。対談のメンバーは、渋谷川環境整備協議会の運営に携わった渋谷区都市整備部まちづくり推進担当部長の奥野和宏さん、渋谷ストリームの開発・運営を手がける東急株式会社の大竹成忠さんと、吉澤裕樹さん、コンセプト段階から関わり、渋谷リバーストリートのデザインを手がけた株式会社日建設計エモーションスケープラボの安田啓紀、坂本隆之。渋谷から代官山へとつながる約600メートルの遊歩道は、いかにして生まれたのか。そして開業後に生まれたさまざまなアクティビティ、さらに渋谷南エリアのこれからを聞いた。ファシリテーターは、日建設計都市開発部の福田太郎。

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さまざまな人が関わり、魂を入れて取り組んだプロジェクト

福田:まずはおひとりずつ自己紹介を兼ねて、渋谷川の開発との関わりを教えてください。

奥野:渋谷駅周辺の再開発には、渋谷駅中心地区まちづくり指針2010ができた頃から関わっています。当時、私は渋谷区周辺整備課の係長で、その頃は、渋谷駅南街区の開発等の協議が盛んに行われていたのを覚えています。渋谷川の運営に関わるようになったのは2016年、第二区間の渋谷川環境整備協議会を立ち上げた頃からになります。

大竹:私は2011年から旧東急東横線渋谷駅のホーム、線路跡地等を活用した開発事業の推進を担当しました。完成した渋谷ストリームは、隣接地権者と共に進めた共同事業であり、開発手法としては都市再生特別地区の提案を念頭に進めました。提案するうえで公共貢献として渋谷川をどのように整備していくか、東京都・渋谷区の方々と整備内容をご相談させていただいたところから、最終的に開業するところまで関わりました。

吉澤:私は渋谷ストリーム開業の約1年前の、2017年10月から。渋谷ヒカリエや渋谷キャストなど、施設を横断的に見ていく体制検討の流れもあって担当として関わるようになりました。渋谷川については、運営までを見据えた渋谷区との使用契約やスキームなどが詰められていない状態でしたから、これは魂を入れて取り組まなければ、と。

安田:私は大竹さんと一緒に、都市計画提案段階を担当していました。そのあと一旦、プロジェクトからは離れましたが、渋谷駅周辺を盛り上げていくためにどうしたらいいのか、エリア全体の計画を考えるコンセプトブックを東急さんと一緒に制作したんです。ハードなラインを引くのではなく、こんな未来になるといいよね、というソフトの部分での街の物語を描いたもので、のちのち運営を担当する方にとってもアイデアがひらめくようなものにしたかった。

坂本:この中では新参者というか、私はプロジェクトの後半からメンバーに加わりました。安田の役割と重複しますが、どちらかというと私は最終的にモノに落としていく、コンセプトを実装していくときの価値判断みたいなところを支援する立場です。

安田:吉澤さんがおっしゃったように、魂を入れないと街に命は吹き込まれないので、それをつくるにはどうしたらいいのか。渋谷川の開発部分の約600メートルという長さは、かなりのインパクトがあります。その上にどういうソフトが乗ってくるべきなのか。でもそのソフトがきちんと乗るためには、ハードも重要。ということで、最後は手すりの収まり方まで検討していました(笑)。まさか都市計画から始まって、手すりのことまで考えるとは思ってもいませんでしたけれど。

坂本:このプロジェクトでは建築のあり方を変えていくようなプロセスに関わらせてもらったと思っています。こうしたランドスケープに関わるというのは、弊社でもそれほどたくさん機会があるわけではないし、ましてや渋谷という環境の中での川ということ自体も珍しい。私自身、非常に勉強させていただきました。

福田:そういう意味では、本当に長いプロジェクトで。我々コンサルや設計者は普段、あるテーマやフェーズごとにプロジェクトに関わらせていただくことが多いのですが、これだけ長期で、しかもさまざまな人が入れ替わり立ち替わり関わるというのは、とても貴重な経験でした。

地域の宝であり、課題でもあった渋谷川をどう再生していくか

福田:まずは、渋谷川そのものに着目するようになった、プロジェクトの初動期のお話からうかがえれば。

大竹:渋谷ストリームの特区提案の事前協議の段階で、提案の目玉となる「カツカレーの“カツ”はなにか」という議論がありました。旧東急東横線線路跡地というリニアな場所で、かつ川に沿った場所なので、目指したのはやはり「渋谷川の再生」です。当時の渋谷川は「臭い、汚い、暗い」といった、いわゆる3Kの状況で、それを解決するのが課題だという視点からスタートしました。

奥野:川沿いのビルについても、老朽化しているし、耐震化が進んでいないという課題もありました。行政としても、開発に合わせて、街が大きく変わるきっかけになればいいなという思いはありましたね。

大竹:かつては全部を暗渠にしたほうがいいのではという意見もあった中で、そうではなく、どうやって川に親しんでもらうかという視点で議論を重ねていきました。

福田:当初は、川の存在自体が一般には知られていなかったんですよね。

奥野:ただ地元で意見交換会やワークショップをやって、「地域の宝物は何ですか?」と聞くと、渋谷川というワードは必ず出てくるんですよ。一方で、「地域の課題は何ですか?」というと、そこでも必ず渋谷川が出てくる(笑)。

大竹:開発にあたっての特区提案の際には、川の再生を目指し3つのキーワードを謳っていました。ひとつは当時、河川敷地占用許可準則が改正され、都市の賑わいのための施設が河川区域に占用できるようになったので広場をつくろうということ。2つ目は、清流復活水。当時すでに東京都が高度処理した水を並木橋のところから放流していたのですが、それを上流部に延伸して、壁泉という装置を使って流す。

福田:思い起こせば、たしかに当時は水がほとんど流れていませんでした。そこになんとか水を流そう、ということで、技術的な面もかなり密に詰めましたよね。

大竹:はい。もうひとつは、渋谷から代官山、恵比寿方面へとつながる遊歩道を整備すること。以上の3つの施策から、都市の中では非常に珍しい約600メートルのリニアな空間を官民で連携して再生していきましょうと提案しました。そして渋谷区主催の渋谷川環境整備協議会で、地元の方々や関係行政庁の方々にも意見をいただきながら整備内容を深度化させていきました。

奥野:行政の立場から見ても、都心の真ん中に水が流れているというのは貴重な資源です。しかも、すぐそばには金王八幡宮もある。エリアに川と神社があるというのは、地域にとっても貴重なリソースが揃っている場所ともいえます。ただ、水量が少ない、においの問題などがあったので、それをなんとかしたいという思いは当然ありました。

安田:計画にあたっては、歴史も踏まえながら調整していきました。渋谷川は童謡「春の小川」のモデルにもなった川で、かつてはここで洗濯をしたり、地域住民の生活用水としても利用されていた。そういう意味では、たとえばスクランブル交差点あたりの人がワーッと行き交う感じと違って、もう少し落ち着いたエリアなのかな、と。ハレとケでいう、「ケ」の部分ですね。ピカピカに舗装されていて常ににぎわっていなくてはいけないという先入観とは、相反する存在。都市開発では、あまり目指さない光景ともいえます。

福田:地元の方からは、具体的にどんな意見があったのでしょうか。

大竹:先ほどのお話にもあったとおり、渋谷川は宝でもあり、課題でもある。いろいろな意見がありましたが、渋谷川をよくしたいということに関してはみなさん、共通していたと思います。河川敷地占用許可準則が改正されてから初期の案件ということもあって、渋谷川環境整備協議会協も立ち上げて。川沿いに河津桜が植えられるなど、さまざまな意見が反映された、地域の方に喜んでいただける空間ができあがったと思います。

手間暇かけて「何気なさ」を創出する

福田:渋谷川自体は東京都の管轄ですし、川沿いの空間には実は、見えない境界線がたくさんあります。でも、その線を感じさせないような一体化した空間づくりがされていますよね。

坂本:最初につくったのは、6メートルほどの巻き物状の資料でした。長い敷地なので、それが連続的にどういう体験を生むのか、具体的なシーンに落とし込みたかった。というのも、僕らの役目は床、壁、天井の仕上げを決めて終わりではなくて、そこでどんなことがしたくなるか、どんな体験になるのか、その仕掛けをつくっていくことだからです。

福田:渋谷ストリームの建築設計は、東急設計コンサルタント、デザインアーキテクツは、シーラカンスアンドアソシエイツですが、それ以外の外構・ランドスケープの取り合いや全体の調整もこのプロジェクトの肝だったのかな、と。渋谷川沿いのトータルデザインは、まさに手すりひとつに至るまで想いが込められていると思います。それらのディテールについては、いかがでしょうか?

安田:アーバンデザインでいえば、リニアに続いていく川の風景を記憶として定着、または拡張させたい。そこで、川沿いに蛇行していくようなストライプ状の平板で舗装をつないでいくことで、渋谷川の湾曲したダイナミックさをより感じてもらえるような仕上げにしています。また、同じ風景が長く続くのではなく、橋ごとに少しずつ風景が変化するように区間を分けるなど、シーンの展開にかなり気をつけながらデザインしていきました。地味ですが、渋谷ストリームの道路側のデッキも、ちょっと張り出させていて。

坂本:おかげで、川を俯瞰できるような小さな場所がつくれました。あえて説明などはしていませんが、そこから川越しに渋谷スクランブルスクエアも見えます。

奥野:実は、ちょうどそこに官民境界線があるんです。でも現地で見るとまったく気がつかない、これは非常に画期的なことです。

安田:河川境界の柵に関しては、目に馴染む素材感や光に反射してきれいに見える効果、さらにコストも考えて、鉄筋を使っています。職人さんにバリを一つひとつ取ってもらわなければいけませんし、正直手間暇はかかるのですが、街に親しまれるかどうかを主眼に置きました。

坂本:東急東横線の高架橋の柱番号を残すという発想もとても面白いと思いました。記憶の断片を残せたという意味で、重要な要素だったかなと。

安田:単純に遺構として残すのではなく、新しい居場所として使っていただけたのがよかったですよね。僕らはかつてあそこの上に鉄道があったことを知っていますが、若い人たちはそんなこと思いもしないかもしれない。ノスタルジーとは違う意味で、大事な刻み方ができたような気がします。

奥野 和宏

1992年、渋谷区役所に入区。国民健康保険課などの部署を経て、2002年から主にまちづくりに関わる部署に配属。2011年、渋谷駅周辺整備課に配属となり、渋谷駅中心地区の開発協議、地元調整、都市計画決定等に数多く携わる。2020年にまちづくり推進担当部長に就任。現在も、区内のまちづくりに携わっている。

大竹 成忠
東急株式会社 渋谷開発事業部 プロジェクト推進グループ 課長

東急株式会社入社後、渋谷ヒカリエの基本設計から開業直前まで施設計画を担当。2011年より渋谷ストリームに開発初期段階から参画し、都市再生特別地区の提案へ向けた行政協議、クリエイティブワーカーの聖地となることを目指した施設計画、キーテナント誘致を開業まで担当。直近では新たなる渋谷エリアでの大型開発案件に従事している。

吉澤 裕樹
東急株式会社 ビル運用事業部 事業推進グループ 価値創造担当 および 沿線生活創造事業部エンターテインメント事業推進グループ 企画担当

2001年東急電鉄(現 東急)入社、カルチャースクール事業運営、渋谷駅街区(現 渋谷スクランブルスクエア)開発計画推進、渋谷ヒカリエ文化用途運営・販促、渋谷ストリーム・渋谷川遊歩道開業担当を経て、現在は、渋谷駅周辺のホール・広場・河川など "都市の余白" を舞台にさまざまな価値創造を実践すべく躍動中。

安田 啓紀
日建設計 新領域部 イノベーショングループ エモーションスケープラボ アソシエイト

2005年日建設計入社。国内外の都市計画、都市デザインを担当。環境と人の感覚や情動、行動の関係に関する近年の研究をもとに、細かな文脈の読み解きを通じた課題解決の支援を手がける。主な実績は、東京駅前まちづくりガイドライン、東京メトロ銀座線デザインマネジメントなど。外部委員としては、経済産業省産業構造審議会2020未来開拓部会委員、JR東日本モビリティ変革コンソーシアムステアリングコミッティ委員、超臨場感コミュニケーション産学官フォーラム(URCF)情動環境WGリーダーなど。

坂本 隆之
日建設計 新領域部 イノベーショングループ エモーションスケープラボ ダイレクター

2000年入社。水族館や迎賓施設、空港など、様々なタイプの意匠設計を担当。近年は、 環境と人の感覚や情動、行動の関係に関する研究を基に、人の心に響く未来の場や経験をつくることを目的としたプロジェクトを数多く手がける。主な実績は、東急プラザ銀座、パークアクシスプレミア南青山、渋谷フクラスなど。外部委員としては、経済産業省産業構造審議会2020未来開拓部会委員、超臨場感コミュニケーション産学官フォーラム(URCF)情動環境WGメンバーなど。

福田 太郎
日建設計 都市部門 都市開発部 ダイレクター

日建設計入社後、海外都市のアーバンデザインやウォーターフロント遊休地活用検討などに携わり、近年は、渋谷・新宿・虎ノ門などをフィールドとしたTOD(えきまち一体)プロジェクトの開発・法規制緩和・エリアマネジメントコンサルティングなど、幅広く活動。直近では、エリアマネジメント協議会と連携し、渋谷スクランブルスクエアの外壁面に約780平方メートルの大型デジタルサイネージを設置するなど、都内初・都内最大級の広告規制緩和に関わるコンサルティングを展開。

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