開発から生まれた新しい居場所、渋谷川再生と渋谷リバーストリート【後編】

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渋谷駅中心地区の再開発、最初の大型プロジェクトとして2018年9月に開業を迎えた渋谷ストリーム。旧東急東横線渋谷駅のホーム、線路跡地等に建つ同開発の大きなテーマは、敷地に沿うように流れる渋谷川の再生だった。そして、官民が連携した再生プロジェクトを経て、清流を復活させるとともに、川沿いの空間は、2つの河川上空広場を備えた「渋谷リバーストリート」へと生まれ変わった。対談のメンバーは、渋谷川環境整備協議会の運営に携わった渋谷区都市整備部まちづくり推進担当部長の奥野和宏さん、渋谷ストリームの開発・運営を手がける東急株式会社の大竹成忠さんと、吉澤裕樹さん、コンセプト段階から関わり、渋谷リバーストリートのデザインを手がけた株式会社日建設計エモーションスケープラボの安田啓紀、坂本隆之。渋谷から代官山へとつながる約600メートルの遊歩道は、いかにして生まれたのか。そして開業後に生まれたさまざまなアクティビティ、さらに渋谷南エリアのこれからを聞いた。ファシリテーターは、日建設計都市開発部の福田太郎。

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日常に親和性のある「ケ」としての水辺空間

福田:現在はまだ、コロナ禍ではありますが、吉澤さんは渋谷川沿いをはじめ、駅周辺でさまざまなイベントなどを企画されていますよね。

吉澤:渋谷ストリームの開業は、渋谷駅中心地区の大きな“まち開き”で、官・民・学・地元の四位一体という、他の街にはあまりない渋谷らしい形態でした。渋谷川に関していえば、リニアな空間ですから集客をドーンと狙うというよりは、ハレとケの「ケ」の要素が強い。ほどよく賑わいはありながらも憩いの場である、ということを意識しながら仕掛けを考えました。

福田:駅中心地区では、2012年に渋谷ヒカリエが先行して開業していましたが、東京オリンピック・パラリンピック前に周辺の各プロジェクトが一斉に開業する、その最初のオープンが渋谷ストリーム。いよいよ渋谷が変わるんだ、という期待を一身に背負っていたように感じます。

吉澤:そうですね。ただ自分は、渋谷ストリームの開業というよりは川開き、渋谷南エリアのまちが開くという視点でいました。もちろん開業なので瞬間最大風速的なイベントもありましたが、具体的なソフトの仕掛けについては、あの約600メートルのなかで継続的に根づいていくような活動を続けています。

大竹:たとえば、キッチンカーなども出店しているし、アーバンファームにも取り組んでいますし。

吉澤:飲食店が少なくランチ難民が多いエリアということだったので、キッチンカーを置いてみたところ、毎日とてもにぎわっていて、利用者だけでなく出店者からも好評です。アーバンファームは、渋谷で唯一の水辺空間と親和性もあると考えて始めて、渋谷界隈を活動拠点とするNPO団体アーバンファーマーズクラブと協働し、2つの大規模プランターで野菜や果物等を栽培しています。隣の保育園に間引き野菜を届けることで、子どもたちの食育に役立っているという話も聞いていますし、日々水やり等でお世話する人がいることで地域の防犯向上につながっている。それから今、ホップを育てていて、収穫して「渋谷産のホップを使ったクラフトビール」をつくる計画もあるんですよ。

奥野:それは面白いですね。ぜひ飲んでみたい!

吉澤:開業から脈々と続いているそうした活動のほか、マーケット系の取組も不定期ながら開催しています。あとは、3人制バスケットの3×3(スリー・エックス・スリー)ですね。

福田:コートの収まりがぴったりですよね。渋谷ストリームの大階段がある背景も面白いですし、ちょうどいい囲まれ感で。

大竹:みなさん気づかないかもしれませんが、何と言っても川の上にあるコートですからね。

吉澤:そうなんです。女子日本代表のオリンピック出場を後押ししたいというのと、渋谷区が掲げている「どこでも運動プロジェクト」とも相性がよいということでスタートしました。コロナの影響でしばらく実施を見合わせていますが、またやりたいという声もいただいているので、引き続き計画していきたいと考えています。

安田:渋谷の街にいくつかあるアーバン・コアの中でも、一番といってもいいくらい賑わいある場所がつくられていると思います。

福田:コートのまわりには、大階段やアーバン・コアのような民地もあれば、川そのものもあれば、道路とつながる上空デッキなどもあって、いろいろな主体にまたがっています。各主体との調整は一括してやられているんですか?

吉澤:そうですね。どちらかというと事前の仕切りを丁寧にやっておいて、あとは主催者さんが負担なくプロジェクトができるように心がけています。

愛着の湧く場を目指したイベントや社会実験

奥野:狭いなりに、すごくいろんな工夫がありますよね。賑わいが創出される場所になっている。

坂本:当初から、お祭りのようなハレの場もあれば、高架を渡って川沿いにゴロンと寝転ぶような日常もある。そんな人の活動をイメージして絵を描いていました。

福田:実際に、金王八幡宮の例大祭のときも、広場に神輿が入ってきますよね。最近ではすっかり「この場所しかない」という感じで、まちで認知いただいて。

吉澤:他にも、地域の方からの提案で河津桜を植えたことを踏まえ、地元のまちづくり協議会や國學院大学のゼミと連携してさくら祭りを展開しています。河津桜って、2月に咲いてしまうので、川沿いにこたつを置いて温まりながら飲食できる企画をやってみたり。

坂本:すごいチャレンジ。

吉澤:川沿いの屋外空間でこたつと聞くと、「え?」と感じますが、不思議と馴染んでいますよね。

坂本:絵で描いた想像を超えていますから(笑)。

安田:イルミネーションも実施しましたよね。

吉澤:東京都に、「川の上にイルミネーションを出させてください!」と交渉したんです。川の上まで張り出している事例はかなり珍しいと思いますし、約600メートルのリニアな空間なので、イルミネーションがワーッとつながってすごくきれいで、これも地域の方から好評でした。

安田:チャレンジングだけれど、「前からあったかな?」みたいな雰囲気がありますよね。運営のみなさんもそのあたりを理解されていて、ド派手ではないけれど愛される空間をつくっている。

坂本:スポットのイベントとは別に、日常的にこの場所に愛着を持ってもらうために、どんなことができるだろうということで、2019年には、約3ヶ月間にわたって「パブリックジュークボックス」という社会実験もしました。

安田:「景色」ではなく「気色」。人の気持ちは場所の雰囲気に影響を与えると思うので、もっと人の感覚が開かれれば、場所自体が開放的になっていくのでは、というような狙いで。

坂本:ししおどしのような、意味はないけれど、それがあることで場に広がりが出るようなもの。音自体をつくるところから始めていて、街に紛れ込んだ音を探すワークショップをしたんです。

安田:20人ぐらいで聴診器を持って、あたりをウロウロと歩いて、手すりを叩いてみたり、自販機の中を聴いてみたり、室外機の音を拾ってみたり。

坂本:それらをミキシングして抽象的な音に変換して、不思議な響きだけれど、なんだか馴染みがある、というような音がする石を置きました。

安田:どこにも何も説明はない。でも、触ると音がするから、なんだか楽しい。通りがかりに毎回、石に触っていく小学生もいました。

坂本:「ソーシャルディスタンス」という言葉はまだありませんでしたが、見ず知らずの人が隣にいても嫌ではないのはどんな環境だろう、ということを考えて、人数が変わると音が変わる仕掛けも入れました。音が消えると急に街の音がブワーッと耳に入ってきて、現実に引き戻される。そういう揺さぶりで、感覚が研ぎ澄まされるような。

安田:単純にわいわいにぎわっているだけではないというシーンがあってもいいのかな、と考えて、それをけっこうなテクノロジーを使って実験している。

坂本:表面的には、ただ石が置いてあるだけでしたけれど(笑)。

敷居は低く、志は高く。日常をアップデートする

福田:本当にいろいろなチャレンジをしてきたプロジェクトでしたが、今後はどんなことをしていきたいですか? 渋谷川に限定しなくても構わないので、最後にみなさんから一言ずつお願します。

大竹:渋谷川についていえば、開業してから手すりや照明も経年変化して、植栽も育ってきて、ずいぶん街に馴染んできているように感じています。こういう余白がある開発というのはとても珍しいので、これからこの場所をいかに使い倒すか、そのためには周辺をどう使っていけばいいのか。余白をますます面白くするような関わり方をしていきたいと考えています。

吉澤:運営メンバーはこれまで、渋谷川流域のエリアマネジメント的な活動という意識をもってやってきましたが、さらにそれをアップデートするべく、2021年度は「good stream」というテーマを掲げました。「ストリーム」は言葉の通り「小川」ですが、「よい兆し」とか「流れ」といった意味で捉えて、流れを創る動きを起こしていきたいと考えています。

奥野:渋谷区では、以前から「大中小のまちづくり」と言っているのですが、駅前の大規模な開発だけではなく、渋谷川沿いにあるような中小のビルが建て替えしやすい仕組みづくりの検討を始めているところです。川自体の環境は整ってきているので、次は川沿いの雰囲気を壊さないという視点が大事。川に背中を向けるのではなく、正面を向きたくなるような、川とつながったまちづくりを進めていくつもりです。

坂本:このプロジェクトを通じて、日常をつくるということ、地味だけれど丁寧な配慮を積み重ねていくことの大切さを学びました。派手な建物をつくってインパクトを残すというのとは違った角度で、日々の暮らしの中で愛着が湧く、記憶に残るようなもの。何気ないけれど、心地よいもの。今後もさまざまな人たちと一緒に、そのようなシーンの実現に取り組んでいきたいです。

安田:そうですね。私もやはり、渋谷川の再生は日常をアップデートするというところに取り組んでいるプロジェクトだと感じていて。でも日常って、なかなか切り取れないし、切り取った一場面だけがよければ成立するというものでもないですから。そこをしっかり捉えていくことがすごく大事なんだというのを、このプロジェクトを通じて学ばせていただきました。

吉澤:地域の共有財産としての水辺という意味では、敷居はあくまでも低く、でも志は高く。東急だけでなく周辺の方々や渋谷区とも一緒に、地域の発展につながるような活動を盛り立てていきたいですね。

安田:コンセプトブックもそうですが、竣工のかなり前の段階から計画のメンバーも運営のメンバーも一緒になって話し合うことができた。それをしっかりとした形に残して共有していくことが、運営フェーズに入ったときに大きな力になることも痛感しました。丁寧に物語を編み込んでいって、開業してからも、その物語を描き続けていく。渋谷川の開発に限らず、他の地域でもこうした取り組みが広まっていくといいですよね。

奥野 和宏

1992年、渋谷区役所に入区。国民健康保険課などの部署を経て、2002年から主にまちづくりに関わる部署に配属。2011年、渋谷駅周辺整備課に配属となり、渋谷駅中心地区の開発協議、地元調整、都市計画決定等に数多く携わる。2020年にまちづくり推進担当部長に就任。現在も、区内のまちづくりに携わっている。

大竹 成忠
東急株式会社 渋谷開発事業部 プロジェクト推進グループ 課長

東急株式会社入社後、渋谷ヒカリエの基本設計から開業直前まで施設計画を担当。2011年より渋谷ストリームに開発初期段階から参画し、都市再生特別地区の提案へ向けた行政協議、クリエイティブワーカーの聖地となることを目指した施設計画、キーテナント誘致を開業まで担当。直近では新たなる渋谷エリアでの大型開発案件に従事している。

吉澤 裕樹
東急株式会社 ビル運用事業部 事業推進グループ 価値創造担当 および 沿線生活創造事業部エンターテインメント事業推進グループ 企画担当

2001年東急電鉄(現 東急)入社、カルチャースクール事業運営、渋谷駅街区(現 渋谷スクランブルスクエア)開発計画推進、渋谷ヒカリエ文化用途運営・販促、渋谷ストリーム・渋谷川遊歩道開業担当を経て、現在は、渋谷駅周辺のホール・広場・河川など "都市の余白" を舞台にさまざまな価値創造を実践すべく躍動中。

安田 啓紀
日建設計 新領域部 イノベーショングループ エモーションスケープラボ アソシエイト

2005年日建設計入社。国内外の都市計画、都市デザインを担当。環境と人の感覚や情動、行動の関係に関する近年の研究をもとに、細かな文脈の読み解きを通じた課題解決の支援を手がける。主な実績は、東京駅前まちづくりガイドライン、東京メトロ銀座線デザインマネジメントなど。外部委員としては、経済産業省産業構造審議会2020未来開拓部会委員、JR東日本モビリティ変革コンソーシアムステアリングコミッティ委員、超臨場感コミュニケーション産学官フォーラム(URCF)情動環境WGリーダーなど。

坂本 隆之
日建設計 新領域部 イノベーショングループ エモーションスケープラボ ダイレクター

2000年入社。水族館や迎賓施設、空港など、様々なタイプの意匠設計を担当。近年は、 環境と人の感覚や情動、行動の関係に関する研究を基に、人の心に響く未来の場や経験をつくることを目的としたプロジェクトを数多く手がける。主な実績は、東急プラザ銀座、パークアクシスプレミア南青山、渋谷フクラスなど。外部委員としては、経済産業省産業構造審議会2020未来開拓部会委員、超臨場感コミュニケーション産学官フォーラム(URCF)情動環境WGメンバーなど。

福田 太郎
日建設計 都市部門 都市開発部 ダイレクター

日建設計入社後、海外都市のアーバンデザインやウォーターフロント遊休地活用検討などに携わり、近年は、渋谷・新宿・虎ノ門などをフィールドとしたTOD(えきまち一体)プロジェクトの開発・法規制緩和・エリアマネジメントコンサルティングなど、幅広く活動。直近では、エリアマネジメント協議会と連携し、渋谷スクランブルスクエアの外壁面に約780平方メートルの大型デジタルサイネージを設置するなど、都内初・都内最大級の広告規制緩和に関わるコンサルティングを展開。

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