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パレスサイドビル 
-日本建築が持つ質感を近代技術で実現する-

6-10 パレスサイドビル 昭和41年(1966)

 皇居前という重要な敷地に建てられたパレスサイドビルは、オフィスや商業施設と大規模新聞印刷工場を複合させた、当時としては画期的な規模となる延床面積12万㎡の建築です。日建設計工務の東京で頭角を現わした、林昌二(はやし・しょうじ)率いる設計監理チームの仕事でした。
 この地には、かつてA・レーモンドにより設計され名建築と称されていたリーダーズ・ダイジェスト社屋(竣工:昭和24年(1949))がありましたが、この評判の高かった建築を取り壊し、その跡に建てるというプロジェクトであっただけに、設計することへの重圧は大きなものがあったのです。
 また、設計期間と工事期間を合わせても33ヶ月しかないという極めて短期間内で完成しなければならない困難な課題もありました。これらの様々な課題を多くの人々の努力で克服し、昭和41年(1966)に竣工させています。

建築の「あり方全体」から考える

 設計チームは、設計に取り掛かるにあたり、この大規模建築物を構成している要素を、「長い寿命を持ち敷地環境から決まる骨格」と「可変性のある短い寿命の装備」の2つに区分し、それぞれの要素の性格に対応した設計の進め方を考案しました。「骨格」は、敷地条件やエネルギー条件など外的要因によって決まる構造など、長いライフサイクルを持つもの、そして「装備」は、エネルギー制御の末端装置や内装など、時々の使う人々によって変わる短いライフサイクルのものです。
 短い期間で設計と施工を進めるために、寿命の長さが違う2つの要素を、それぞれの要素の設計と工事工程をずらしながら進める方式を考え出したのです。第一段階で、長い寿命を持つ構造躯体と基本設備を設計し、その工事発注の後、この工事が進む間に、次の段階である短い寿命の内装と末端設備の設計に入るという進め方でした。この方式によって、建築工事の品質と建設コストをコントロールしたのです。現在この方式は、ファースト・トラックと呼ばれていますが、当時は設計チームにより「段階設計法」と名付けられていました。
 注目すべきことは、この方式が単に短工期を克服する手段としてだけでなく、「建築がどうあるべきか?」という基本を踏まえ、「建築がどのように生まれるべきか?」という、建築のライフサイクルにわたる「あり方全体」を見据えた設計の考え方をしていた点です。パレスサイドビルでは、将来の人々の考え方や環境の変化にも対応でき、サイクル寿命の短い設備などの改修にも時々の状況に合わせて対応する可変性に満ちた設計となっています。
 この考え方は、「ものづくり」において「変わること・変わらないこと、即ちあり方全体」という課題を、難しくとも最初から視野に入れる大切さを示唆しているようです。

6-11 敷地地図 地図の南半分は皇居

敷地への坐りの良さを求めて

 優れた建築は、どのようなケースでも敷地の環境や条件にぴったりと合った解となっているものです。このパレスサイドビルの平面計画においては、それまでの大型オフィスビルで用いられていたセンターコア方式という常識を破り、階段・エレベーター・機械室などコアと呼ばれる部分を、敷地に合わせて端部に配置するという新しい大型オフィスプランを作り出しました。この平面計画により、地階中央に大型印刷輪転機を設置することも可能となったのです。
 設計の中心となった林昌二は、建築の平面計画一般について、「敷地への坐りの良さを求めて育てられる建築の個性」と表現しています。

6-12 基準階平面図および配置図

時間と空間の交点から生まれた「ディテール」

 もう1つの大きな特徴はディテールです。林昌二はディテールについて次のように語っていました。「ディテールは小宇宙であり、そこには空間に対する解釈が、濃縮されているとはいえ完全な形で存在しています。」
 キャストアルミで作られた日本的な繊細さを思わせる水平ルーバーと、垂直の雨樋と雨受けによるリズミカルな外壁構成は、ディテールの佳品と言えるでしょう。レーモンド設計による、ディテールが細やかであった名作リーダーズ・ダイジェスト社屋を取り壊して建設されること、そして皇居前という重要な空間に建設されることという、いわば時間と空間の交点において濃縮され生まれたディテールと言えるかもしれません。

 半世紀近い昔、当時の工業技術を追求し尽くしたところに、日本建築が伝統的に持っている「透けた組成による質感」を持つ巨大なオフィス建築が完成しました。現在でも、この建物を見るとなぜか惹きつけられるものを感じますが、この日本建築の持つ質感が、私達の心を捉えるのかもしれません。
  • 6-13 上空撮影写真

  • 6-14 ディテール 分解・構成図

  • 6-15 キャストアルミで作られた、水平ルーバーと雨樋・雨受け

(参考文献)
日建設計・林グループ+SD編集部 (1973)『空間と技術 日建設計・林グループの軌跡』鹿島出版会
「林昌二の仕事」編集委員会 (2008)「林昌二の仕事」新建築社
出典
6-10 撮影:小川泰祐
6-13 撮影:新建築社写真部
6-15 撮影:村井修

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