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過去を受け止め、未来へ投げる —大阪市庁舎と日本電気本社ビル—

 建築を設計するということは、様々な歴史的時間の蓄積を受け止め、遠い未来へ新たな意図と共に投げる営みと言えるでしょう。それぞれのプロジェクトによって、過去を受け取る比重が大きい建築と、未来へ投げる比重が大きい建築とがありますが、どのプロジェクトでも、過去と未来の狭間で新しい建築としての生命が与えられています。ここでは、過去を受け止めながら新たな未来へ投げかけた2つの異なった事例として、大阪市庁舎と日本電気本社ビルを紹介します。

大阪市庁舎

 堂島川と土佐堀川にはさまれた大阪の中之島。大阪市の南北の主要な軸線であり、美しいイチョウ並木をもつ御堂筋を挟んで、大阪市庁舎と日本銀行大阪支店が向き合って建っています。明治45年(1912)、日本銀行大阪支店と大阪府立中之島図書館に挟まれた公園であった敷地を市庁舎用地として、大阪市庁舎を建設するための設計競技が行われました。その第一席には台湾総督府技手の小川陽吉が入賞し、その基本設計をもとに当時の建築界の第一人者であった片岡安と大阪市庁臨時建築課によって実施設計が行われました。大正10年(1921)にネオ・ルネサンス風の堂々とした庁舎が完成しました。

7-15 大阪市庁舎 中之島上空より西を望む(1985年撮影)
手前は修復保存された日本銀行大阪支店旧館と増築された本館御堂筋をはさんで大阪市庁舎を望む左は堂島川、右は土佐堀川、2つの川が合流して大川となる。

 その57年後、行政業務の拡大と事務処理技術の変容に対応するため、新庁舎に建て替えることが決定され、「新市庁舎デザイン構想案コンペ」が行われました。採用された日建設計の提案では、旧庁舎のイメージを継承するとともに、日本銀行大阪支店・中之島図書館・大阪市立中央公会堂など、歴史的な風韻ある建築群との調和を保つことを大切なテーマとしていました。日建設計は、大阪市都市整備局の方々と共に設計監理に携わっています。
 外装は、彫りの深い花崗石の仕上げによるもので、花崗石の外壁にリズミカルに並べられた様式的な縦長窓には、銅と亜鉛の合金による建具が採用されました。また、新庁舎の議場には、旧庁舎の議場にあった大きな木製の彫りの深いアーチのイメージが丁寧に継承されています。新しい大阪市庁舎は1期と2期に分けて工事が行われ、全体が完成したのは昭和60年(1985)のことでした。
  • 7-16 新庁舎議場
    正面を飾るアーチやアーチ上部のライオン飾りは、旧庁舎の議場にあったアーチやライオン飾りのモチーフを再現している。

  • 7-17 外壁ディテール写真

  • 7-18 基準階外壁ディテール図

日本電気本社ビル

7-19 東京タワーと日本電気本社ビルを結ぶ南北方向の広域断面図(右が北)

 平成2年(1990)、都営アパートや中小のビルが密集する東京・港区の田町に、NECスーパータワーと愛称されるNECの本社ビルが竣工しました。田町は日本電気の発祥の地でもある重要な場所であり、NECの本社ビルを計画する上で、この地域との良好な関係が何よりも大切なことでした。
 超高層ビルが周辺の環境に悪影響を与える問題にビル風があります。ここでは、ビル風問題を解消するために風洞実験が重ねられ、周辺に風の強いゾーンを作らない建物の形が模索されました。その結果、真ん中に風抜き穴を開けるというアイデアが生まれたのです。
 風穴を開けることによって、低層部に外光の入るアトリウムを設けることも可能となりました。低層部は、明るいアトリウムを中央に抱くオフィスとし、見晴しが良い高層部は、両側をエレベーターや階段などを収めたコアとすることで、自由度も高く使い易いオフィスとなっています。
 密集市街地にそびえ立つその姿は、3段打ち上げロケットやスペース・シャトルにも例えられ、企業のコーポレート・アイデンティティを示す外観となっています。
 周辺にビル風を起こさないという環境配慮は、それまでにない斬新で未来的な超高層オフィスビルを作り出しました。

7-20 NECスーパータワー外観 平成2年(1990年)
   (中央部に大きな風抜き穴を備えている)

 歴史的景観を継承した大阪市庁舎も、未来的なイメージのNECスーパータワーも、いずれの建築でも、様々に受け継がれてきた歴史を真摯に受け止め、当時の先端技術をふんだんに取り込み、未来に投げかけられています。建築が、過去から未来への時間をどれだけ豊かに抱え込むことができるか? いつの時代でも変わらない永遠の課題です。

7-21 アトリウム見上げ
   最上部のガラス屋根は開閉可能

(参考文献)
小西 隆夫 (1991)『北浜五丁目十三番地まで』創元社
日建設計  (1987)『FACT ・建築の保存と再生』日建設計
      (2012)『NA建築家シリーズ05 日建設計』日建BP社
出典
7-15 撮影:フォト共同プロ
7-16,17,18 撮影:東出清彦
7-20,21 撮影:門馬金昭

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