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都市の成長と共に、多機能化・大型化する建築

 前回の配信で「都市は生き物」と述べましたが、生き物であるからには、都市も時と共に「成長」します。現代都市は、過度の人口集中や自然災害に対する脆弱性などのマイナス面もあるものの、社会の活力を担う人材を集める魅力や、様々なチャンスが溢れる場所であることも確かです。社会・経済の多機能化や大型化に呼応するように、その器である都市や建築も多機能化・大型化するようになってきました。
 都市の無秩序な都市の規模拡大に伴う問題を防ぐための、計画的な街づくりも欠かせないものですが、大型化する建築がその街づくりの考え方に波長を合わせながら都市の魅力を生かすことも大切です。ここではその事例として、泉ガーデン、渋谷ヒカリエ(共同設計監理:東急設計コンサルタント)、そしてクイーンズスクエア横浜(共同設計監理:三菱地所設計)を取り上げ、どのような都市的な建築があり得るかを紹介します。

泉ガーデン
-多様な機能複合により生まれる都市的効果-

 六本木では、新しく開通する地下鉄・南北線の新駅(六本木一丁目駅)が設けられることを契機に、1994(平成6)年に再開発を促進する都市計画が決定されました。泉ガーデンの誕生には、この都市計画決定が大きく寄与しています。
 泉ガーデンは、新駅に直結し、周辺エリア全体を都市的な魅力で活性化する役割を担いました。敷地面積2.4ha、起伏の多い六本木の地形を活かして地下鉄コンコースに光と緑を採り込む開発となっており、来訪者は地下鉄コンコースを出るとすぐに、思いがけなく光に満ちた空間に迎えられ、そこから階段状に延びる緑豊かなテラスと都会的な雰囲気に溢れた商業施設へと導かれます。総延床面積約21万m2の開発にふさわしい導入空間です。
 泉ガーデンの大きな特徴は、大使館やホテルが立地している起伏ある六本木の地に、緑豊かにデザインされた都会的な「丘」をつくり出したことです。この丘の最上部には、住友コレクションを収蔵した京都の泉屋博古館(せんおくはっこかん)の東京分館があり、緑化された段状テラスではカフェやレストラン等が都市的な雰囲気を醸し出しています。また、斜面中腹にあるレジデンスは、都心居住を満喫できる集合住宅となり、さまざまな先駆的技術が採り入れられたオフィス棟・泉ガーデンタワーは、六本木がお洒落なビジネス地区になる契機の一つともなりました。このように多様な街の機能が「丘」の中に一体となって開発されることで、都市の魅力づくりが実現しています。
  • 8-1 六本木一丁目(泉ガーデン)平成14年(2002)

  • 8-2 緑のテラスと一体の商業施設

  • 8-3 光の差し込む地下鉄前コンコース

  • 8-4 23mの高低差をつなぐランドスケープ・デザイン

渋谷ヒカリエ
-公共交通の結節点の可能性が、人が集まる都市開発を促す-

 諸外国に比較すると、日本の都市の特徴として公共交通ネットワークが高度に発達している点が挙げられます。ロンドンやパリ、ニューヨークでは主要ターミナルが都市内に分散していますが、日本では都市交通ネットワークが広域かつ緊密に構築されており、その役割には大きなものがあります。高度な都市交通ネットワークは、自動車交通による大気汚染や交通渋滞を防ぐと共に、その結節点において都市活性化のための大きなポテンシャルを生み出しています。

 渋谷は、そのポテンシャルのある結節点の1つです。東西方向に約1kmの緩やかな谷状の地形の中心部に、JR線、東急田園都市線・東横線・井の頭線、地下鉄半蔵門線・副都心線・銀座線の各渋谷駅が複層にわたって通っています。しかし、乗換が複雑になっているという課題も抱えていました。渋谷ヒカリエでは、アーバンコアと呼ばれる地下からの大きな縦型空間を設け、バリアフリーで利便性の高い乗換え空間をつくり出しています。自然の風や光が取り込まれるアーバンコアは、多様な機能が複合した延べ面積14万㎡の大きな建築へ、人々が気持ち良く訪れることのできるアプローチ空間となりました。

8-5 渋谷ヒカリエ 平成24年(2012)©Shibuya Hikarie

 渋谷ヒカリエには、ミュージカル等を上演する約2,000席の劇場「東急シアターオーブ」など、世界と直結する渋谷に相応しいクリエイティブ・コンテンツの発信拠点があります。その文化拠点と商業施設やオフィスは共に、高さ182mのタワーの中で一体となり、都市機能が高度に複合する渋谷開発のシンボルとなりました。

 渋谷では現在、2012年に完成した渋谷ヒカリエのような「アーバンコア」を持つ複数の大型開発が更に連携する、大きな構想の都市計画が進められています。

8-6 渋谷ヒカリエ 施設用途の断面構成図

 このように公共交通と都市開発が一体となり、両者の相乗効果で都市的な活気と持続可能性の高い都市をつくる手法を、TOD(Transit Oriented Development : 公共交通志向型都市開発)と呼んでいます。この都市開発手法は、急速な都市化の進む中国などをはじめとして、海外諸国から注目され始めました。

8-7 アーバンコア断面 吹抜けが地下鉄駅の自然換気にも利用される

クイーンズスクエア横浜
-都市のあるべき成長から生み出された複合開発-

 TODの考え方についての日建グループの原点は、1997年に開業した、商業施設・オフィス・ホテル・コンサートホールの大規模複合施設であるクイーンズスクエア横浜にありました。この複合施設全体を貫く長さ約300mのクイーンモールは賑わいの軸であり、2004年に開業した横浜高速鉄道みなとみらい線の地下鉄駅と、ステーションコアと呼ばれるダイナミックな吹き抜け空間で結ばれています。地下鉄駅まで光が注がれながら空間が連続する、交通インフラと大規模建築が一体となった開発が登場したのです。

 みなとみらい線は、横浜—みなとみらい-元町・中華街を結び、開業時から東急東横線との相互直通運転で渋谷と繋がっていました。そして、2013年には、東急東横線と東京メトロ副都心線の相互直通運転が始まり、東武東上線・西武池袋線とも接続されることとなりました。広域に接続されても、その端部が人々を引き寄せられるだけの吸引力を持たなければ意味がありません。しかし、「みなとみらい21」は人々を惹きつける魅力のある都市開発となりました。

 横浜という都市の誕生は、江戸幕府が1859年(安政6年)東海道の神奈川宿・神奈川湊から離れた寒村であった横浜に外国人居留地と横浜港を作ったことに遡ります。横浜開港場には外部と遮断する関所が設けられていましたが、その中の区域が、今では洋風の歴史的建造物が多く残され、横浜の大きな魅力となっている「関内」です。横浜は、悲惨な関東大震災や第2次大戦による戦災から復興したものの、戦後の東京大都市圏の急激な拡大に呑み込まれてゆくことになりました。復興が遅れていた関内に代わって横浜駅周辺が成長していきましたが、人口増加に伴う基盤整備が追いつかず、無秩序な都市膨張が続きました。1965年、この都市問題に対処するため、横浜市は6大事業を発表します。その内の都市部強化事業の一つが「みなとみらい21(MM21)」でした。

8-8 クイーンズスクエア横浜 平成9年(1997)
   地下鉄駅と一体となったステーションコア

 臨海部にあった三菱重工横浜造船所は、6大事業のもう一つの大事業であった金沢埋め立て地へ移転することになりました。その移転が完了した1983年、臨海部186haの区域に就業人口19万人・居住人口1万人の街をつくるMM21事業が着工しています。1991年には国際コンベンション施設であるパシフィコ横浜が、1993年には横浜ランドマークタワーが、そしてクイーンズスクエア横浜が1997年に開業するに至りました。

8-9 全体を貫くクイーンモール

 この3つの建物の高さは、海から陸に向けて緩やかに上昇していくスカイラインになるよう設定されており、3つの街区全体で、ウォーターフロントにふさわしい都市景観を創り出しています。昔から横浜では、関内の神奈川県庁や横浜税関のように、海からの景観も大切にされてきました。新しい活気のある街・MM21や歴史的雰囲気のある関内、そして元町・中華街など、現代の横浜がもっている歴史的な厚みの魅力が、みなとみらい線を人々を引きつける都市インフラとしています。

 都市のあるべき成長を、企画・実行し力強く支えた人達がいたからこそ実現した、都市の成長の一例です。

8-10 地下鉄とステーションコアの関係を示す断面説明図

  • 8-11 円弧を描く建物は、1991年開業のパシフィコ横浜。
    中央右の横浜ベイホテル東急から、順に高くなるクイーンズスクエア横浜の設計は、三菱地所設計と共に行われた。この写真の更に左側には、ランドマークタワーが聳えている。

  • 8-12 MM21の臨海部に並ぶ、左からランドマークタワー、クイーンズスクエア横浜、パシフィコ横浜。
    左右に伸びる太い横線が、クイーンズスクエア横浜を貫いてランドマークタワーにつながるクイーンモール。

(参考文献)
日建設計・駅まち一体開発研究会(2013)「a+u 建築と都市」 2013年10月臨時増刊号 a+u社
田村 明(1983)「都市ヨコハマをつくる 実践的まちづくり手法」 1983年 中公新書
出典
8-1,2 撮影:川澄・小林研二写真事務所
8-5 撮影:エスエス東京
8-8 撮影:篠澤建築写真事務所
8-11 撮影:三輪晃久写真研究所

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