8-3 
創造的なマネジメントが、未踏のプロジェクトを実現する

 社会・経済・技術が加速度を増すように展開している現代では、かつて経験したことのない規模や内容のプロジェクトに取り組むことがあります。そのような時、最初に「プロジェクトにどう取り組むのか?」という課題に直面しますが、これに応えるのが「プロジェクト・マネジメント」です。このプロジェクト・マネジメントには、次の3つの要点があります。
  ① ゴールとゴールに至る道筋を明確化し、関係者で共有する。
  ② プロジェクトの価値を最大化する。
  ③ 共感の得られるプロジェクトの進め方をする。
ここでは、国内外の多くのデザイナーが参画した大規模プロジェクト・東京ミッドタウンと、1895年に建てられた世界最大の面積を誇る木造建造物である東本願寺真宗本廟御影堂(ごえいどう)の文化財修復工事の2つのプロジェクト・マネジメントを例に挙げながら、3つの要点を説明します。

① ゴールとゴールに至る道筋を明確化し、関係者で共有する

 プロジェクトの具体的なゴールを明確にすることが、プロジェクト・マネジメントの最初の使命です。都心で約4haのオープンスペースをもつという他に類例のない街の個性をつくり出した東京ミッドタウンでは、まず各用途の開発規模、そのための交通計画、実現するためのモデルプラン、オープン時期などが、早期に関係者で共有するゴールとして早期に明確化されました。
 ゴールを最短経路で達成するには、設計に並行して行政との協議・手続きなどを最適な手順で実施しなくてはなりません。これらの手順などを定めたものがマスタースケジュールです。そして、このゴールに至る道筋が関係者全員に共有されているということも大切なことでした。
 長期に亘るプロジェクトでは、社会・経済状況の変化により、行政手続きを要する大きな変更が生じることも往々にしてあります。東京ミッドタウンでも大きな変更が生じましたが、初めに策定したロードマップが良く練られていたため、柔軟に最適手順を変更し遅延することなくオープンの日を迎えることが出来ました。関係者全員が、ゴールとその道筋についての明確な認識を共有していたからこそ出来たことです。

8-20 東京ミッドタウンのマスタースケジュール
   上部に緑色のフローで、各時点でなされるべき行政手続きが示されている。

② プロジェクトの価値を最大化する

 東京ミッドタウンでは、日建設計は統括設計者(コア・アーキテクト)として全体の設計を統括しています。そして、街のデザインの一体感と多様な個性とを同時に実現するため、国内外の建築設計事務所・デザイナー12社が戦略的に選定されました。それぞれのデザイン・パフォーマンスを最大限に引き出すマネジメントと、きめ細かいスケジュール管理を行いながら、30件にのぼる設計契約を束ねるマネジメントが必要でした。このプロジェクトの価値を最大化するためのデザイン・マネジメントです。

8-21 東京ミッドタウン配置図

A デザイン・ウィング
  設計:安藤忠雄建築研究所+日建設計
B ガーデンテラス   C サントリー美術館
  設計:隈研吾建築都市設計事務所
D ランドスケープ
  設計:EDAW
E ミッドタウン・タワー G ミッドタウン・イースト
H ミッドタウン・ウェスト
  設計:スキッドモア・オーウィングス・アンド・メリル・エルエルピー
  ザ・リッツ・カールトン東京
  内装設計:フランク・ニコルソン
F パーク・レジデンシィズ
  外装デザイン監修:青木淳建築計画事務所
  ザ・パーク・レジデンシィズ・アット・ザ・リッツ・カールトン東京
  内装設計:フランク・ニコルソン
I ガレリア他商業施設
  設計:Communication Arts
J ガーデンサイド
  設計:坂倉建築研究所
照明デザイン:フィッシャー・マランツ・ストーン
サインデザイン:井原理安デザイン事務所
アートディレクター:清水敏男アートオフィス
 東本願寺の真宗本廟御影堂プロジェクトでは、専門家と連携し文化財の価値を継承することが主題でした。瓦工事・木工事・漆工事など人間国宝級の専門家が関わる文化財的保存修理と共に、老朽化した防火設備を最新技術によって強化・更新することもなされています。また、人工的に大地震を再現する振動台で実験を行い、木造建築のもつ変形性能を生かしつつ耐震補強を施すなど、現代の最先端技術も様々に取り入れています。
 御影堂改修工事に寄進されたすべての方々の芳名を17万5千枚に及ぶ瓦に記載するため、全体工期に影響を与えず瓦に印刷できるITを利用したシステムも、印刷・製版機器メーカーと共同で開発されました。これらは一例ですが、伝統文化財の修復技術と最新技術を組み合わせた様々な技術のマネジメントで、このプロジェクトの価値は最大化されています。
  • 8-22 地元の印刷製版メーカーと共同開発された瓦記名印刷機後方は記名印刷された瓦。

  • 8-23 御影堂修復工事のための仮設屋根である素屋根内部
    屋根瓦を降ろし、屋根下地の桔木(はねぎ)・母屋・垂木・土居葺板などを修理する。

  • 8-24 御影堂修復工事終了後、総重量1500tの素屋根が、左隣にある阿弥陀堂の修復工事のため、スライドされている。

③ 共感の得られるプロジェクトの進め方をする

 どのようなプロジェクトでも、様々な立場の人々が関与しており、関与する人々が多様で複雑になればなるほど、「説明責任」を果たした「共感の得られる進め方」が必要となります。説明責任が求められる内容は多々ありますが、ここでは一般に最も関心の高い「建設コスト」のマネジメントについて、真宗本廟御影堂プロジェクトの例から紹介します。
 この修復工事は全国約130万戸に及ぶ御門徒の浄財によって購われているため、工事の品質の確保とともに、高い合理性や透明性・公平性が求められました。透明性を確保するため、学識経験者や専門家の助言を得ながら仕様を決定し、その都度、発注者の承認を得ながら、文化財保存技術保持者等により編成された企業体に直接的に分離発注し、全体として合理的な経費で工事を進められる方式が採用されています。この方式は「コストオン分離発注方式」と呼ばれますが、通常では表面化しない共通仮設や諸経費の詳しい内容にも踏み込み、合理的に建設コストを下げるマネジメントとなりました。

 未踏の山岳に登る時、高度な登攀(とうはん)技術は必要ですが、登攀ルートの選定や登攀チームの編成などのマネジメントが、その成否を決定します。プロジェクト・マネジメントも同様で、そのプロジェクト1回限りの創造的なプロジェクト・マネジメントが、プロジェクト全体の成否を決定する大きな要因となるのです。

8-25 東本願寺の真宗本廟御影堂の体制・発注区分

(参考文献)
日建設計 (2007)『FACT - プロジェクトマネジメントの現場』 日建設計

当サイトでは、クッキー(Cookie)を使用しています。このウェブサイトを引き続き使用することにより、お客様はクッキーの使用に同意するものとします。Our policy.