9-4 
骨格のデザインは伸びやかに 
—モード学園スパイラルタワーズとホキ美術館—

 「生命体がもっている精緻さ」には感嘆するばかりですが、建築のメカニズムは生命体の機能になぞらえることができるかもしれません。生命体の骨格系は構造システムに、呼吸器系は空調設備システムに、消化器系は熱源設備システムに、循環器系は衛生設備システムに、脳神経系は電気・制御システムにたとえられそうです。人間の体で故障が現れるのは、骨格系よりも循環器系・呼吸器系・神経系などが多いように、構造を100年以上維持できる建築でも、設備の更新をしなければ建物の寿命を延ばすことはできません。 
 生物の骨格システムには外骨格生物や脊椎動物など色々なものがあり、様々な形をつくり出していますが、建築においてもクリエイティブな構造デザインが、画期的で象徴的なフォルムを実現します。

脊椎動物を思わせる、モード学園スパイラルタワーズ

 2008年、名古屋駅前にスパイラル状の特徴的なフォルムをした建築が出現しました。ファッションデザイン、IT、医療の3つの分野の専門学校が集結したビルです。クライアントからは、創造力豊かな学生を育む環境を作ることを優先課題として示され、普通のビルとは異なる画期的なデザインを求められました。この建築は、デザイナーやITクリエーターなどを志す学生達を元気にするとともに、名古屋駅前で名古屋のエネルギーを象徴するシンボルにもなっています。
  • 9-24 モード学園スパイラルタワーズ 平成20年(2008)

  • 9-25 脊椎のようなインナーチューブと重量のある頭部のような屋上制震

 この建築は、まるで人体のような構造システムを持っています。私達の身体では、体をグッと捻って回転させても、脊椎がその回転力を吸収し、その回転力は脊椎から骨盤で繋がる2本脚に伝わり、この2本脚で大地を踏ん張っています。このモード学園スパイラルタワーズの中央には、インナーチューブと呼ばれる筒状の非常に硬い構造物があり、この脊椎のような構造物が、建物に生じる捻じれを吸収しています。人体の脊椎の中には、重要な神経が上下に通っており、その神経は脳と全身の神経系を繋いでいますが、このインナーチューブの中には、まるで脊椎のようにエレベーター・階段などの上下交通や電気等の縦シャフトが詰まっています。また人間の重い頭は、体全体にふらつきが起きないように調節する働きをしていますが、モード学園スパイラルタワーズの最上部には、まるで人間の重い頭のように、重量250tのおもりによる制振システムがあり、地震時に建物の揺れを軽減する働きをしています。
  • 9-26 インナーチューブを示す平面

  • 9-27 地上から見上げたモード学園スパイラルタワーズ

貝の外骨格構造を思わせる、ホキ美術館

 ニューヨークにあるフランク・ロイド・ライト設計のグッゲンハイム美術館(1939年開館)は、カタツムリの殻のようにつくられた螺旋状ギャラリーの最上部から、ゆっくりと絵画を鑑賞しながら下降する仕組みになっています。

 日本初の写実絵画専門美術館であるホキ美術館も、ニューヨークのグッゲンハイム美術館のように、一筆書きの動きで絵画を鑑賞できる美術館となっています。展示している約200点の写実細密画を一筆書きで鑑賞するには約500mの長さが必要ですが、その長さは約60m~100mごとに分節され、緩やかなカーブが連続して折り重なるチューブとしてデザインされています。ホキ美術館のチューブには、写実絵画を最適環境でゆっくり味わいながら鑑賞できるよう、様々な先端技術による細やかな配慮がなされており、2011年には第7回日本建築大賞を受賞しました。
  • 9-28 自然光の入る1階ギャラリー。天井にLED照明を組み込み、作品ごとに最適の鑑賞環境が得られるよう調整している。

  • 9-29 ホキ美術館 平成22年(2010)
    公園緑地に挟まれた細長い敷地形状を活かして、チューブ状のギャラリーが重なった構成となっている。

 円弧状のチューブ・ギャラリーは、継ぎ目のない箱型の構造でつくられており、まるで外骨格構造の生物のようです。長さ100mの最上部のチューブは鋼板構造で2か所だけで支えられています。地中の支持地盤層が急に深くなっているチューブの先端部分は、30mのキャンチレバー(片持ち構造)とすることで柱をなくし、地中の基礎杭も不要としました。しかしそれ以上に、この30mのキャンチレバーは、人々の印象に強く残るインパクトあるフォルムとなっています。

 このモード学園スパイラルタワーズとホキ美術館の2つの建築では、「力の流れ」がそのフォルムの中に潜在的に感じられます。共に存在感あるシンボル的なフォルムとなりましたが、そのフォルムが生まれる背景には、敷地の持つ力があったと思われます。モード学園スパイラルタワーズでは名古屋駅前という非常にポテンシャルの高い場所であったこと、そしてホキ美術館では公園緑地に挟まれた細長い敷地形状であったことです。「場所」の持つ力が、伸びやかなフォルムを生み出しました。
 もう一つ、この2つの建築の誕生に共通することがあります。それは、それぞれ1人の想像力豊かなクライアントがおられたということです。発注者ご自身が素晴らしいイマジネーションを持っておられ、設計者のイマジネーションとの間で想像力が共振し、更に大きなイマジネーションの振幅になって、この2つの豊かな建築が誕生しました。

 社会のイマジネーションが平準化している現在、この2つの建築の「在りよう」には人々の心を揺さぶるものがあります。

9-30 最上階の1階にあるエントランスより、一筆書きで1階、地下1階、地下2階のギャラリーを巡れる

9-31 南側緑地からの外観夕景

(参考文献)
(2008)『日経アークテクチュア 2008年1月28日号』日経BP社
(2011)『建築技術2011年2月号NO.733』建築技術日建設計
(2011)『NIKKEN JOURNAL06』日建設計
出典
9-24.27 撮影:鈴木研一写真事務所
9-28   提供:サワダライティンクデザイン&アナリシス/撮影:金子俊男
9-29   撮影:平井広行
9-31   撮影:ナカサ アンド パートナーズ

当サイトでは、クッキー(Cookie)を使用しています。このウェブサイトを引き続き使用することにより、お客様はクッキーの使用に同意するものとします。Our policy.