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素材の可能性を追求する —中之島ダイビルと木材会館-

 素材は、「文化」を規定する不思議な力を持っています。ヨーロッパでは、古代から建築に石材が用いられ、「変わらないこと」が「永続性」でした。モンスーン照葉樹林地帯で樹木の生育が活発な日本では、建築に豊富な木材が用いられ、伊勢神宮の遷宮や法隆寺などの修復保存のように、「変わり続けること」が「永続性」となりました。地震などの天災の影響もありますが、現代の日本においても、築後50年も経たない建物が次々と建て替えられ、変わり続けています。その是非は別として、私達は「変わり続ける文化」の中にあるのかもしれません。
 ここで紹介する2つのプロジェクトは、素材の持つ可能性を徹底的に追求し、新しい建築の可能性を切り拓いた事例です。素材の持つ力には、何故か心を捉えるものがあります。

レゴ・ブロックのように、鉄骨入りのコンクリート成形材を組み立て上げる

中之島ダイビルの設計者は、この敷地が歴史的価値のある建築物に隣接しているため、この建物は陰影の豊かな彫りの深い超高層ビルであるべきと考えました。普通であれば鉄骨柱の外側に、コンクリート成型材で出来た陰影ルーバーを取り付けます。しかしこのプロジェクトでは、工場でタテ型コンクリート成型材の中に鉄骨を入れ込んだ大きな部材を製作し、その出来上がった鉄骨入り部材を、レゴ・ブロックのように現場で組み立て上げる建築のなされました。
 コンクリート成形材のことを、プレキャスト・コンクリート(略してPC)と呼んでいますが、鉄骨入りPC工法で35階の超高層ビルができたのは、この中之島ダイビルが日本で初めてであり画期的なことでした。この設計により、窓廻りには鉄骨柱がなくスッキリと使い易い開放感のあるオフィスとなりました。同時に中之島ダイビルは、歴史的環境の中に建つ陰影の豊かな品格あるオフィスビルとなっています。
 工場で作られる鉄骨入りコンクリート成形部材は、外部仕上げとなる厚さ3cmの花崗石がコンクリートと一体になるよう製作されています。構造柱と仕上げの石貼りと、エネルギー消費を抑える彫りの深い縦型ルーバーが、別々のものではなく一つのものとして実現しました。また、現場で組み立て上げる接合部にも特別な工夫がなされており、このような建物が実現できたのは、PC部材を製作した人々や、組み上げた建設会社の人々の努力には多大なものがあります。

9-32 中之島ダイビル 平成21年(2009)

 日本の伝統的木造建築では、木部材の接合部に「仕口」と呼ばれる特別の工夫がなされていますが、同じようにPC工法の接合部にも特別の工夫が込められており、PC工法は日本の伝統的木造建築に通じるものがあるようです。一方、素材を積み上げるという意味では石造にも通じるものがあり、木造と石造の両方の特質を持っているということが、PC工法の不思議な魅力となっています。

9-33 使い勝手の障害になる窓際の柱がない基準階オフィス

9-34 基準階窓廻りの矩計図・平面詳細図・立面展開図

  • 9-35 クレーンで吊り込まれるSRC-PC柱ブロック

  • 9-36 SRC-PCブロック間の鉄骨は溶接接合される

木の魅力を示すランドマークとして、都心のオフィスビルをつくる

 古来、日本の建築は木の文化でした。しかし、現代においては「木を切れば緑を奪ってしまう」「木は燃えやすい」というような単純な思い込みが、木の魅力を湛える建築の普及を拒んできました。木材会館では1,000㎥を超える木材が使われましたが、これは600tを超えるCO2が都心に固定されたことに相当し、伐採された里山には新たな苗木が植えられています。自然と共存する木材の生産サイクルは、むしろ国産材が使われることによって保つことができるのです。
  • 9-37 木材会館 平成21年(2009)

  • 9-38 最上階の大ホール。上部の木材は構造体であり、かつ空からの自然光を取り入れることのできる架構ともなっている。

 確かに建築基準法では、都心で木材を建築物に使用する際の規制があります。可燃材料の使用規定と耐火構造の規定です。この木材会館では、最上階に木構造のホールがあり、一般階の外・内装には、市場に流通しており誰もが入手し易い規格品の国産木材を、薬剤などによる不燃処理はせずに、全面的に用いられています。ここでは、一般的な法的規制に対して様々な工夫をすることにより、都心に木の魅力を示す7階建てのオフィスビルを実現することができました。その工夫とは、ホールの木構造については、耐火性能を検証する国交省大臣認定を受けられるものとし、内装制限については、避難安全検証法という方法で適用除外とできるようにしたことです。

9-39 追っ掛け大栓継ぎ手の加工を終えた大ホールの梁部材

 木材会館の窓は、一般には敬遠される西に面しています。しかし、この西面に木を活用してつくられた奥行のあるテラスは、日差しを遮ると共に、オフィスで働く人達のための休憩や交流の場になりました。また最上階のホールでは、ムクの木材を「追っ掛け大栓」などの継ぎ手を使う伝統的な構法を用い、迫力ある木造の大空間が実現しています。このような魅力から木材会館は、木を使った都市建築として大きな反響を呼ぶこととなりました。

 日本では、戦後に植林した木が伐採期を迎えていますが、輸入材との価格競合で国産材の需要が低迷しています。この木材会館で採用された技術や工夫が、都市建築でも木を活用できるというプロトタイプになってくれることを願っています。

9-40 休憩や交流の場となるテラス。この天井内には空調の室外機が組み込まれている。

9-41 最上階の木造架構を示すホール断面詳細図

9-42 北西から見た外観 最上部が大ホール

(参考文献)
(2009)『ディテール2009年10月号』彰国社
(2009)『日経アーチテクチャー 2009年9月14日号 』日経BP社
(2010)『建築技術 No.720』建築技術
出典
9-37,40 撮影:雁光舎(野田東徳)
9-38,42 撮影:ナカサアンドパートナーズ

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