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生き物をお手本に -北京電視台とNBF大崎ビル-

 近年、「生き物に学ぶものづくり」への関心が高まっており、生き物のあり方からヒントを得た様々な技術や製品が現実に生み出されつつあります。建築の分野においても、「いかに自然のもつしなやかさを再現できるか」という関心がもたれ始めています。どのようなデザインなら、生き物や樹木が持っている素晴らしい性能を得ることができるのでしょうか? 自然界はエレガントなデザインの宝庫なのですから、これを次世代の建物に応用しない手はありません。

厳寒の地、北京に建った電視台

 アフリカ大陸の最高峰であるキリマンジャロ標高4,000m前後の地に、高さ2~5m程あるジャイアント・セネシオという植物が生息しています。標高4,000m付近では、普通の植物は高さ30㎝ほどにしか成長できないのですが、ジャイアント・セネシオは大きく立派に成長します。ジャイアント・セネシオは、キク科に属する多肉質の植物で、幹の中心部が空洞になっており、この空洞部分の空気が日中に暖められて蓄熱することで、日没後の激しい気温の低下に耐えているのです。

10-1 標高4,000m前後で生息するジャイアント・セネシオ

 北京では真冬-20℃近くまで気温が下がります。この厳寒の地に建てられた北京電視台は、高層タワーの中央部に高さ180mの大吹抜け(アトリウム)を設けています。このアトリウムの気積は18万㎥に及び、厳寒期にはジャイアント・セネシオの幹の空洞のような蓄熱効果を発揮しています。執務空間の室温は22℃程度であり、極寒期には室内外の温度差は40℃にもなります。執務空間と外部空間の間にバッファーゾーンとしてのアトリウムを挟むことで、人の体にとてもやさしい計画となるのです。冬の実測値では、外気温2.7℃の際にアトリウムの1階部分の室温は15℃となり、おおむね想定通りの中間値となっています。
 また、春や秋のような中間期で大気汚染のない日には、外周部の自然換気口から外気を導入し、アトリウムの最上部から煙突効果による排気を行っています。室内で暖めた空気が軽くなり上部へと流れる、いわゆる重力換気です。
 この大きなアトリウムでは、ガラス筒状のエレベーターも上下に行き来しており、北京を代表する放送局の一体感を高める効果も持つこととなりました。

 実は、設計中にジャイアント・セネシオのような生き物のメカニズムを参考にしたわけではありません。アトリウムによる重力換気効果や蓄熱効果については、日建設計で20年近く実績に基づく検証が繰り返されてきました。厳寒地の北京に建つ建築には、必然的に導入された手法だったのです。
 しかし、キリマンジャロの厳寒の高地に立つ植物と、厳寒の北京に建つ建物が、同じ蓄熱メカニズムを持っているというのは興味深いことです。
  • 10-2 北京電視台 平成20年(2008)
       共同設計:北京市建築設計研究院
            中広電広播電影電視設計研究院
       天安門広場に通じる建国路に面している。

  • 10-3 重力換気による自然風の流れを示すシミュレーション

  • 10-4 アトリウムを見上げると、半円筒形のシースルーエレベーターが上下している

バイオ・スキンを持つ、NBF大崎ビル

 このプロジェクトでは、最初から生き物をお手本にしました。私達の体は暑い時に皮膚に汗をかきますが、汗が蒸発する時に気化するための熱を周囲から奪うことで、人体の皮膚温度を下げています。そのメカニズムを応用したのが、平成23年(2011)に竣工したNBF大崎ビルのバイオ・スキンという外装システムです。
 地上2階から25階までの高さ・幅140mの北東面外壁全面に、10㎝内外の円を扁平にしたような断面形をもつ保水性のある陶器管が、手すりや日除けルーバーとして設置されました。その陶器官の内部を貯留雨水が循環しており、陶器管から浸み出た水が気化し周囲の熱を奪うことで、外壁全体が冷却されています。言わば「打ち水」を建物外壁全面で行ったようなものです。空調負荷を削減するだけでなく、CO2削減にも寄与する世界初の試みとなりました。
 さらに、建物を冷やすだけではなく、周辺街区も2℃程度冷やすことがシミュレーションで検証されました。都市内の森は地表温度を冷却する効果がありますが、この2℃という冷却温度は、森林面積2haに相当する効果であると言われています。ヒートアイランド現象で真夏日と熱帯夜が年々増加している東京に、都市を冷やす超高層ビルが誕生したのです。
 

10-5 バイオ・スキンの外壁ディテール写真

 新幹線700系の車両の先端は、カモノハシの顔のような形状になっていますが、この形状はトンネルでの衝撃波を軽減するために、「遺伝的アルゴリズム」という技術開発手法によって導かれたそうです。遺伝的アルゴリズムとは、生物が環境に適応する時間をモデル化し、遺伝条件の諸要素をコンピューターで連続的に変化させることで、最適の解を得る問題解決の方法とのことです。ここでも、生き物の進化のプロセスそのものを、ものづくりの方法論とされています。
 このように生き物をお手本とする技術は、様々な方面で開発されており、今後ますます推進されることでしょう。

10-6 バイオ・スキンの陶器管と基準階の断面図

(参考文献)
William McDonough、日建設計(2000)『Sustainable Architecture』Wiley-Academy 
日建設計+新建築社(2010)『サステナブル・アーキテクチャー』新建築社
日建設計 (2011)『NIKKEN JOURNAL 08』日建設計
赤池 学 (2005)『自然に学ぶものづくり』東洋経済新報
出典
10-1 提供:米田浩貴
10-2、10-4 撮影:岩崎稔
10-5 撮影:雁光舎(野田東徳)

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