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自然に溶け込む 時に溶け込む -ポーラ美術館と神戸税関本関-

 人や建築は大地という自然の一部であり、私達は遥かな歴史的時間を経て存在しています。「現代」という時代、「都市」という場所で仕事をしていると、私達は何でも出来ると西遊記の孫悟空のように自惚れがちです。しかし西遊記で語られている通り、「より大いなるもの」の中で動き回っているに過ぎません。「大いなるもの」への謙虚さを往々にして忘れがちになりますが、その謙虚さを保ちつつ自然と時間の中に「溶け込もうとした」プロジェクト2つを紹介します。

箱根の豊かな緑の中に、そっと埋め込まれた美術館

 緑の合間からこぼれる光や四季折々の大自然が美しい箱根仙石原に、総数約9,500点に及ぶ日本最大級のコレクションを収める美術館が建てられることになりました。その設計に先立ち、計画区域約5.7haと区域周辺100mの範囲で自然環境調査が詳細に行われています。ブナ・ヒメシャラ・イヌシデなど植物107科495種、ヤマガラ・クロツグミなど鳥類51種、リス・ムササビなど哺乳類12種、昆虫1,112種など、自然度の高い森林地域であることが再認識されることとなりました。また、人の胸の高さにある幹の直径が20cm以上のすべての樹木の調査も行われています。そのような大きさの樹木には落葉広葉樹が多く、総数約1,500本に及んでいます。

10-7 配置図の上部に向かって緩やかに傾斜している敷地に、埋め込まれるように建てられた

 施主と設計チーム全員の思いは、「豊かな自然をできるだけ壊さず、自然と調和を図りたい」ということでした。様々な案が検討された結果、土圧に耐える桶のような円形のコンクリート製の構造物をつくり、その桶の中に免震装置で浮かせたように建物をつくることとなりました。免震装置とは、大地震が起こってもその地震動が美術品や建物に大きな影響を与えないよう、建物を地震動から遮断する装置です。
 丸い桶のような円形の地中構造物としたのには理由があります。面積が一定の場合、円形は方形など他の形に比べて「周の長さ=周囲の自然との接触長さ」が最小となるため、自然への影響を最小限にすることができます。また、地中の構造物を円形にすると、地中の上流から流れてくる伏流水をうまく下流に流し落とすことができるのです。
 美術品にとっての大敵は地中の湿気ですが、地中に接する土木構造のような円形の桶から切り離してつくることで、美術館を湿気から遮断することにもなりました。あたかも、丸い宇宙船が箱根の森の中に、そっと降り立ったような建物になったのです。

 美術館来館者は、道路が接続している最上階からアクセスします。自然光が柔らかく満ちている空間の中、来館者が海のように広がる緑の森にゆったりと沈み込むようなアプローチが演出されました。森の自然の傾斜を活かし、自然と一体となって美術作品を鑑賞できるように設計されています。カフェ・レストランにおいても豊かな自然に包まれてゆっくりと過ごすことができ、この美術館では、日常の慌ただしい時間とは異なる時間が流れているようです。
 箱根の大自然の中に、溶け込むようにつくられた建築となりました。
  • 10-8 ポーラ美術館 平成14年(2002)
       箱根の仙石原の森を望む外観

  • 10-9 円形の桶状土木構造物の中に降り立ったような美術館の断面図。右上最上部のエントランスよりアプローチする。

神戸の街と港の歴史に溶け込むようにつくられた神戸税関本関

10-10 神戸税関本関 平成11年(1999)

 平安時代の末、平清盛による日宋貿易で「大輪田の泊(おおわだのとまり)」と呼ばれていた兵庫の津は、博多の港と共に、中国大陸や朝鮮半島の港と古くから繋がっていました。その後約700年間、兵庫の津は、日本の重要な港のひとつとして機能していました。明治元年(1868)、明治政府は、江戸幕府が欧米諸国と締結した安政五か国条約のため、兵庫の津より3.5Km東に離れた寒村であった神戸村に、外国人居留地と港をつくることとなりました。これが、現在の神戸の街と港の原点です。神戸の街と港は、文明開化により生まれたのです。
 神戸税関は、開港と同時に兵庫運上所として開設され、昭和2年(1927)に大蔵省営繕課の設計により2代目の本関庁舎に建て替わりました。当時のヨーロッパでは、古典様式建築から近代建築へ移行する過渡期の建築様式が勃興していますが、2代目庁舎は、この様式を思わせる見事な芸術性と雰囲気を漂わせていました。

10-11 神戸税関本関を上空より望む
   上部は神戸港第2突堤

 21世紀を目前にした平成11年(1999)、中四国地方も含めて統括する本部機構となった神戸税関本関は、通関業務の情報処理能力の高度化とともに建築規模の拡大と刷新が必要となりました。しかし新しく建て替えるのではなく、神戸市民に親しまれてきた2代目庁舎を保存再生しながら、大幅に増築することとしたのです。新しい庁舎の低層部分を旧庁舎の歴史的な芸術性に溶け込ませ連続させつつ、現代の課題に応えたのがこのプロジェクトです。高層部の現代的な構成にも見られるように、先端的な工夫が各所に込められています。建設省近畿地方建設局営繕部の方々と共に、日建設計は設計監理に携わりました。
 神戸の人々に70年間親しまれてきた神戸税関本関のイメージは、変わることなく21世紀に引き継がれたのです。時の流れに溶け込んだ建築です。
(参考文献)
日建設計 (2003)『NIKKEN SEKKEI LIBRARY-11 ポーラ美術館』日建設計
建設省近畿地方建設局営繕部 (1999)『KOBE CUSTOMS 神戸税関』日本写真印刷株式会社
Wikipedia 「神戸外国人居留地」
出典
10-8 撮影:石黒守
10-11 撮影:㈱伸和

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