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建築は風土から立ち上がるもの 
—沖縄科学技術大学院大学と蘇州電視台—

 ワイン業界において、「テロワール(Terroir)」という言葉があります。「土地」を意味するフランス語terre(この語源は「土」を意味するラテン語terra)から派生した言葉で、土壌・気候・地形・その地の人々等、ぶどうが成育する土地の風土環境を意味しています。「特定の地方や畑からつくられたワインは、必ずその地のニュアンスをもつ」というワインの性格を示しているそうです。しかし、その土地や風土から立ち上がって来るという意味では、建築も同じではないでしょうか? ここで紹介する2つのプロジェクトは、現代技術を駆使しながらも、その土地の風土や歴史・文化からインスピレーションを得て誕生しつつあります。

沖縄の亜熱帯海洋性気候と、グスクの石垣から

 沖縄は、植物の種類が豊富で、一年中緑が絶えることのない亜熱帯海洋性気候の島です。この島の各所に、13~15世紀に建造された、地形に添って曲線を描く見事な石垣群が残っています。これらはグスク(御城)と呼ばれており、中国や東南アジアとの貿易を行っていた琉球王国などの居城でした。1609年の薩摩藩による攻撃で建物は焼失しましたが、石垣は残りました。その残された石垣の中には拝所の聖地である御嶽(うたき)となっているグスクもあり、沖縄の貴重な文化遺産となっています。
 2000年、琉球王国の関連遺産群と共に、グスクはユネスコの世界遺産に登録されました。

10-18 中城(なかぐすく)城跡

 この沖縄の地に、世界最高水準の科学技術に関する教育研究を行う、沖縄科学技術大学院大学が設置されることになりました。その設計を始めるにあたり、自然との共生を図るために、240haを超える原生林の敷地について動植物や水系など生態系の詳細な調査が行われています。美しい海に囲まれた敷地は、世界有数の多様な生物種が生息する豊かな森であるため、開発するエリアは、希少動植物が生息する沢は避け、尾根のみを最小限に切り開くだけの計画としました。その結果、琉球に古くから伝わるグスクのように自然の地形に溶け込む、「曲線を描く石垣」を主題とした設計となったのです。この曲線を活かした建築は、豊かな海への眺望の中で、研究者間の活発な交流を促すことのできる世界最高水準のラボラトリーとなっています。
 この大学院大学の実現のために、様々な人々との熱意ある協働が行われました。ノーベル賞受賞者である大学院大学構想を推進する整備協議会のイギリス人理事長との協働や、ラボラトリー運営に関する米国のコンサルタントとの協働など、国内外の一流専門家とのコラボレーションも、このプロジェクトの成功の鍵となっています。また、山肌に生息する天然記念物のリュウキュウマツなどを守るため、複雑な形状の三次元曲線の山岳トンネル工法も駆使されています。建築技術者と土木技術者の協働も必須でした。
 沖縄科学技術大学院大学が、沖縄の風土から立ち上がり、世界最高水準の研究機関になった背景には、人々に熱い想いを抱かせる「沖縄という土地のエネルギー」があったのではないでしょうか。

10-19 沖縄の原生林の中に平成22年(2010)竣工した沖縄科学技術大学院大学(第1期計画)

  • 10-20 沖縄の海を望む研究関連施設・教育施設

  • 10-21 配置図

中国の古都、蘇州から

 中国の蘇州は2つの顔を持っています。一つは、上海や杭州と一体となって大きく発展する華東大経済圏の一角としての経済・産業都市の顔。もう一つの顔は、日本の京都や奈良のような古都としての顔です。
 北京と杭州を結ぶ京杭大運河は、隋の煬帝が610年に完成させています。中継位置にある蘇州は、古代から水運ネットワークの中心都市でした。蘇州の歴史的街区では、運河が縦横に巡り、明代からの瓦屋根の街並みが続いており、富豪の邸宅庭園群は、「蘇州古典園林」として1997年に世界遺産に登録されました。また、伝統産業として絹織物が有名です。

10-22 蘇州電視台(設計進行中)

 蘇州電視台の敷地は、経済・産業都市としての蘇州を象徴する蘇州工業園区にあります。シンガポール政府と合弁で開発されたこの工業園区には、日本企業を含む中国内外の有名企業が数多く立地しており、コンベンションセンターや高層オフィス・ホテルなども揃った現代都市となっています。2010年、蘇州電視台は、世界の著名な建築設計事務所を指名して国際設計競技を行いました。ここで紹介しているのは、当選案となった日建設計の案です。
 大陸的で不思議な形をした2つの高層棟は、電視台棟とホテル棟です。その間にはコミュニケーション広場と呼ばれる多目的広場があります。その広場には、上から包み込むように繊細なガラス屋根がかかっています。これは、半透明の絹織物を2本の棒に緩やかに掛けたイメージから生まれました。

10-23 中央の多目的広場を覆う、絹をイメージしたガラス屋根

 外壁は、蘇州瓦をイメージしてデザインされており、瓦のような外壁の凹凸のすき間は、外気を取り入れる自然換気口となっています。また建物の地上廻りでは、水都蘇州にちなんで水景を用いるランドスケープ・デザインがなされています。
 
 現代技術を駆使しながらも、蘇州の文化をいかに継承するか?
難しい課題ですが、「蘇州」というテロワールを現代に生かそうとした試みです。

10-24 蘇州の伝統的な意匠と蘇州電視台で採用されたデザイン・モチーフ

(参考文献)
日建設計+新建築社編(2010)『サステナブル・アーキテクチャー』新建築社
日建設計(2010)『NIKKEN JOURNAL 04』日建設計
出典
10-18 Wikipedia
10-19,20 撮影:東出清彦

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