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ロシアへ、日本より愛を込めて 
—サンクトペテルブルグ “WARM CITY”-

 バルト海東端のフィンランド湾に面する、ロシアのサンクトぺテルブクは、ロシアを強国に築き上げた専制君主・ピョートル大帝(1725年没)の強い意志により一挙に作られた都市です。当時強国であったスウェーデンの勢力圏内の荒れ地に、ヨーロッパへ開く「窓」として18世紀初頭のわずか20年間ほどで作り上げられました。モスクワが伝統的なスラブ・ロシア文化を代表しているのに対し、サンクトぺテルブルクはもうひとつのロシア文化、すなわちヨーロッパ文化を代表しています。
 エルミタージュ美術館をはじめとする歴史地区と関連建造物群は世界遺産となっており、白夜が美しい短い夏と厳しく長い冬は、ドストエフスキーをはじめとするロシア文学やチャイコフスキー等のロシア音楽などの芸術を育みました。ネヴァ川の河口デルタに位置し、運河が網のように巡るサンクトペテルブルグの街は、「ピーテル」の愛称でロシアの人々の誇りとなっています。

11-9 バルト海東端のフィンランド湾に面するサンクトペテルブルグ大都市圏。丸印が歴史地区建造物群のある中心市街地。
   赤印がWARM CITY。赤の点線はアプローチルート。

“WARM CITY”の骨格が出来るまで

 サンクトペテルブルクは、バルチック艦隊の基地やロシア革命の発火地点となったように激動のロシア史の舞台でした。現在では、人口500万人のロシア第2の都市で、ロシアを代表する国際的港湾工業都市になっています。
 フィンランド湾の東端を取り囲んで、弓形の市域を環状道路が巡っており、その北辺道路がフィンランド湾に出たところに、サンクトペテルブルク大都市圏の新都心となる”WARM CITY”が計画されています。この地域は、市の中心地から北西約20kmの位置にあり、現在は伝統的なリゾート地区です。
 多様な都市機能を持つこの新都市は、湿原状の海面を南北に長く埋め立てて計画されており、居住人口約5万人、ビジネス・観光などによる日単位の訪問客人口約3万人が想定されています。また、この新都市全体に、新しいライフスタイルの快適さと観光リゾート地としての魅力を実現するため、様々な先端的都市開発手法が盛り込まれました。

11-10 リゾート型多機能複合都市”WARM CITY”の中心部となる、大運河をシンボルとしたフェスティバル・コア。
    夏期は、エルミタージュ美術館付近にあるウォータープラザからスピードボートでアプローチできる。

 当初、ディベロッパーを中心とした地元の計画チームは「この新都市の骨格はどうあるべきか?」という根本的な方針を探し求めていました。その時に出発点に据えられたのが、300年前に形成されたサンクトペテルブルクの都市のかたちです。ピョートル大帝は、当時の経済大国オランダの水都・アムステルダムに強い憧れを抱いていており、同じように同心円的な多重の運河と放射状の道路計画で、新都市・サンクトペテルブルクを建設しました。”WARM CITY”の計画でも、この歴史に敬意を表し多重の運河と放射状の道路による計画からスタートされています。

11-11 “WARM CITY” マスタープラン(右側が北)
    大運河を中心軸とする新しいリゾート都市は、フィンランド湾に向けて飛び立つ鳥のような形をしている。

 しかしその後、日建設計がこの”WARM CITY”計画に参画した後、飛躍的な展開が生じました。それは、東西を貫く「大運河」が出現したことです。この「大運河」によって、計画全体のイメージが明快になり、街全体の魅力づくりが加速されました。サンクトペテルブルクの歴史への敬意から、新たなリゾート都市の計画が、あたかもフィンランド湾に向けて飛び立つ鳥のような形になったのです。

凍えるピーテルを暖めろ!

 湿原の海を埋め立てる土木工法のひとつに函体(かんたい)工法があります。これは、海を土砂で埋め立てる代わりに、工場で製作されたコンクリート製の大きな箱を順次沈めて連結してゆく工法です。地中には連結された箱の中に大きな空間が残りますが、この地中空間の自然エネルギーを使って、凍えるピーテルを暖める切り札とすることを日建設計が提案しました。

11-12 地階の歩行者ネットワークには、主要な箇所でサンクンガーデンが設けられ、自然光に面して日常食品店やレストランが設置される。地上では、環境負荷の少ない都市交通システム(LRT)が走っており、図の左右に見られるように駐車場も地下に設けられている。

 北緯60度に位置するサンクトペテルブルクの特徴は、日照時間が短く厳しい寒さの冬と、非常に長い日照時間の夏です。「もし、夏の暖かさを冬に使えたらなあ・・・・」という願望を実現するのが、夏に太陽熱コレクターで暖めた熱を、地中空間に溜めた水の蓄熱槽で冬まで蓄え、厳寒時にその太陽熱を使うシステムです。さらに、四季を通じて温度変化が少ないという地中の特性を利用して、冬は暖気・夏は冷気の地中空間の熱を取り出すシステム、いわゆる「地熱利用」も提案しています。これらの方式は、エネルギーコストを節約するだけでなく、地球温暖化の原因となる二酸化炭素放出の削減にも役立つものとなっています。
  • 11-13 冬季、地熱を利用して暖房するシステム

  • 11-14 夏季、地熱を利用して冷房するシステム

 函体工法の利用は、これだけではありません。自然光の入る全天候型で快適な地下空間に計画された歩行者ネットワークは、個々の建物のアトリウムやガレリア等につなげられ、地上の凍えるような冬の寒さから人々を守ります。また、駐車場も地下空間を利用することで、厳寒から起きる車の故障を防ぎ、地上では緑豊かな広々としたランドスケープを実現することも可能となります。
 ロシアの大地が育んできた文学・音楽・バレエ・美術・演劇・建築などの芸術に端的に顕れるロシア文化。その文化に誇りを持つロシアの人々への敬意が、日建設計のロシアプロジェクトチームの原点になっています。
 一方、ロシアでの日建設計への知名度も徐々に高まってきました。モスクワでも複数のプロジェクトが進められており、ロシア中央部にあるクラスノヤルスク、モスクワから東に500kmのニジニ・ノヴゴロド等でも都市計画プロジェクトが進行しています。

11-15 自然光の入る地下歩行者ネットワークは、それぞれの建物に組み込まれたガレリアやアトリウム等に繋がっている。その仕組みは、上図では茶色に示されたガレリアやアトリウム、下図の模式図では茶色の部分に示されている。

(参考文献)
小町 文雄(2006)『サンクトペテルブルグ よみがえった幻想都市』中公新書
鎌田 慧 (1996)『サンクトペテルブルグ 混沌と幻想の街』NHK出版

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