11-3 
ベトナムの歴史や文化への敬意から

 200年以上にわたる様々な歴史の荒波を乗り越えたベトナムは今、1980年代後半以降のドイモイ(刷新)政策による経済面での大きな成果に支えられ、活気ある発展を続けています。
 ベトナムは龍と仙女が婚姻して生まれた百人の子供から発展した、という神話があります。ベトナムの人々の静かな情熱と調和に富んだ知性に育まれた歴史や文化には、非常に奥深いものがありますが、次に紹介する2つのプロジェクトは、そのような歴史や文化に敬意を払って進められているものです。

ベトナム国立歴史博物館

 かつてタンロン(昇龍)と呼ばれた、ベトナム北部の紅河デルタに位置するハノイは、長期政権となった李朝の王・李公蘊太祖(りこううん・たいそ)により、1010年に王都に定められ、その後800年余りにわたる政治・文化の中心となりました。首都に定められました。昇龍の名は、黄金の龍が立ち昇る姿をその地に見たという伝説に由来しています。19世紀末からは、フランスの仏領インドシナ(現ベトナム・カンボジア・ラオスの3国)の連邦首都として、アジア最大のフランス風の豊かな建築文化を誇っていました。現在も当時の風韻を伝える歴史的建造物が多く残されており、貴重な都市景観を形成しています。

11-16 ベトナム国立歴史博物館
    立ち昇る黄金の龍の伝説を彷彿とさせる透視図

 平成19~20年(2007~2008)、ベトナム政府は、「ベトナム国家歴史博物館設計コンペティション」を開催しました。日建設計が当選し、現在、設計が進められています。この歴史博物館は、ハノイの西湖西部地区に策定されている新都心計画・2020計画の西最奥部に立地し、この新都心計画全体を成功に導く礎となる重要プロジェクトとなっています。
 湖面上に静かに伏せている歴史博物館の全体像からは、湖面に映る像と一体となって、龍がゆったりと横たわっているような姿を連想させます。風水の考え方も取り入れられ、歴史博物館が浮かんでいるような人造湖の水は、気温の高いベトナムにおける建物のありかたである「湖水と一体となった景観づくり」に欠かせないものと考えました。もちろん水の自然エネルギー利用も考慮された設計となっています。

11-17 龍に水は欠かせないもの。湖水の低い水温は、全館の冷房に自然エネルギーとして利用されている。

 延べ面積が約88,000㎡に及ぶ巨大な博物館は、たった1種類の構成部材を基本として考えられました。あたかもアジア各地で見られる井籠(せいろう)組構造の「校倉造り」のように、コンクリートで成型された庇型の無数の部材を組み上げ積み、重ねることで、構造体としているのです。この無数の多重の庇は、雨が多く日差しが強いアジア・モンスーン型気候から、大きな内部空間を快適に保護することにもなりました。内部は、建物の中心軸沿いに全ての機能が見渡せるように構成され、大規模でありながら分かり易い、おおらかな空間となっています。

11-18 井籠状に組み上げられたコンクリート成型部材は、PC鋼材で緊結される。

 この設計では、最新の建築技術を用いながらも、アジア文化の伝統や造形を現代に生かすことを大切な目標としており、ベトナム固有の建築文化の発展の一助となることも願っています。

11-19 スマトラ島のバタク・シマルングン族の住居。住居下部は南方系の井籠組構造

ホーチミン市都市計画

 かつてサイゴンと呼ばれたホーチミン市は、フランス植民地時代に計画された格子状の街路による都市骨格を持っています。また、ハノイと同じく、現代においても歴史的景観を色濃く残している都市です。メコンデルタを背景とする南部ベトナムの政治・経済・文化の中心として成長してきたホーチミン市は、人口600万人を擁するベトナム最大のメガロポリスとなりました。

 しかし近年の急激な人口増で、ホーチミン市は、都心部における人口の過密化・交通渋滞・住環境の悪化・地価の高騰・スプロール現象など多くの都市問題を抱えています。さらに20年後には、都市人口が1,000万人に達する巨大都市になると予測されており、都市問題の深刻な悪化が懸念されています。

11-20 既存のホーチミン市の都市構造を尊重しつつ提言された都市計画の鳥瞰図

 平成18年(2006)、このような現状を踏まえホーチミン市政府・人民委員会は、市全域2,000㎢の都市計画マスタープラン策定を日建設計に依頼しました。また平成19年(2007)には、市中心部の中央ビジネス地区(930ha)の国際アーバンデザインコンペティションが開催され、日建設計の提案が第1位に選ばれました。その後、この提案に基づいたゾーニング計画及び建築管理ガイドラインが策定されています。

 ホーチミン市は都市域の50%以上が海抜2m以下の低い地盤面であり、良好な都市開発のための土地が限定されているという不利な地勢条件があります。これらの都市計画では、その地勢条件を踏まえ、交通インフラで連結された多核分散型の都市構造を作ることを提案しています。また都市成長の勢いを良好な方向に制御するため、土地利用政策や土地利用のためのガイドラインを戦略的にきめ細かく作成しました。
 さらに、綿密な調査・研究を踏まえ、環境負荷のすくない都市交通システムの実現を提言しました。この都市交通システムによる効果は、エネルギーの有効利用や大気汚染の低減に留まらず、良好な都市景観の形成や賑わいの創出にも及びます。
 また、ベトナムでは初めて、歴史的景観を保存し再生するためのデザインガイドラインの策定も行われています。
 
 かつて「東洋の真珠」と呼ばれたホーチミン市を、環境・景観・経済の調和のとれた都市として発展させるための計画です。
  • 11-21 新交通システムなどによる都市発展軸の複数設定や、分散する新都市センターづくり、成長もしくは抑制ゾーン設定など、戦略的な都市開発政策の提言を行った。

  • 11-22 緑陰のつながりで快適な歩行者空間を形成する。軽軌道の新交通システム(LRT)も走り、保存・再生された歴史的景観は、街に品格を添える。  

  • 11-23 平成19年(2007)の国際アーバンデザインコンペティションで提言された、歴史的景観の保存・再生のためのデザインガイドライン。

(参考文献)
布野 修司+アジア都市建築研究会(2003)『アジア都市建築史』昭和堂
増田 彰久+大田 彰一(2006)『建築のハノイ ベトナムに誕生したパリ』白揚社
小倉 貞男 (2002)『ヴェトナム 歴史の旅』朝日新聞社
友田 博通 (2003)『ベトナム町並み観光ガイド』岩波書店
出典
11-19 提供:布野修司

当サイトでは、クッキー(Cookie)を使用しています。このウェブサイトを引き続き使用することにより、お客様はクッキーの使用に同意するものとします。Our policy.