12-1 
素材やディテールに現れる「日本的なもの」

 現代アメリカを代表する建築家のシーザー・ペリ氏は、日建設計について次のように語っています。

「日建設計は日本の近代建築史において確固たる位置を占めているが、その特徴は、欧米型の近代建築の流れを正統に継承しながらも、常に日本建築の美学をそのデザインの中に深く読み込ませている点にある。日本建築の伝統とは、ディテールの完成度に対するこだわりであり、職人の技による完成度の高い建設技術にその特徴を見ることができるが、日建設計はこの点について熟知し、日本の技を巧みにそのデザインの中に組み込んでいる。」

 素材やディテールにおける細やかな配慮についてふたつのプロジェクトを通して紹介します。

阪神・淡路大震災からの復興のシンボル -兵庫県立芸術文化センター-

12-1 平成17年(2005)10月 兵庫県立芸術文化センター 大ホールでのオープニングコンサート

 平成17年(2005)10月22日、佐渡裕指揮・兵庫県立芸術文化センター管弦楽団による、ベートーヴェン交響曲第9番「合唱」が”Freude!(歓喜よ)”の高らかな歌声と共に演奏されました。6,400名を超す犠牲者を出した平成7年(1995)1月17日の阪神・淡路大震災から、心の復興・文化の復興のシンボルとして、兵庫県立芸術文化センターが完成したのです。この建築の設計では、素材を木・レンガ・コンクリート・ガラスに限定し、鎮魂の祈りを込めるように、余分な仕上げや意味のない形を削ぎ落としています。

 2,000席の大ホールと400席の小ホールの空間は、観客と演奏者の心を高揚させる赤味ある無垢のマホガニー材で包み込まれています。また、800席の中ホールは、板目を残した兵庫県産の無垢の杉材で独特の存在感が醸し出されています。
 外壁は、焼きムラのある大振りのレンガ積みで、その数は50万個に及びます。レンガ積みでしか出せない深い陰影が得られるよう、様々な工夫が込められています。

12-2 八角形の床面が、天井面では花形となる小ホール

この建物の柱は、日本の伝統的木造寺院の柱のようにスレンダーなものです。工場で製作され現場で組み立てられたPC(プレキャストコンクリート)柱で、四弁の花のような平面形状をしたPC柱には、高強度コンクリートを使用し、ピアノ鋼線により予め張力が与えられています。252本ある柱の表面は、職人の手で1本1本はつり仕上げが施されました。こうしてできた列柱は緊張感と優しさを合わせ持ち、音楽や詩のように空間にリズムを与えています。

素材は、人の心を動かす不思議な力を持っています。人々の絆が、交響曲第9番「合唱」のシラーによる詞のように、「時の流れが切り離したとしても、人々は再び兄弟となる。」ことを願って設計され、建設されました。この願いは、共に設計監理に携わった兵庫県県土整備部まちづくり局営繕課・設備課の方々をはじめ、建設に関わったすべての工事関係者に共通する想いでもあります。

12-3 正面アプローチ。PC柱の優美な列柱が、公演への期待感を高める。

私達が、この地球で生き続けるために -地球環境戦略研究機関(IGES)-

 太陽系第3惑星の地球に住む私達は、地球全体の大きさに比べればリンゴの皮のように薄い大気圏の中で生活しています。私達がその中で生き続けることができるよう、地球環境戦略研究機関は、気候変動とエネルギー問題や持続可能な社会づくり等のため、問題解決型の研究と政策提言を行っています。

 平成14年(2002)、西に富士山と相模湾を望む緑豊かな葉山の丘陵地に、西側に広がる眺望に合わせ大きく弧を描く、地球環境戦略研究機関の本部研究施設が完成しました。この施設は、そこで行われる研究内容にふさわしいよう、環境建築のプロトタイプとなることを目指したものです。

12-4 湘南国際村の丘の上に建つ地球環境戦略研究機関


 外観の大きな特徴は、再生木を使用したリズミカルな縦型のルーバーと、その上に伸びやかに据えられた「光の棚(ライトシェルフ)」でしょう。「光の棚」上部に入射した太陽の光は、柔らかい反射光になって室内に導かれ、必要な照度の70%を自然光だけで賄うことができます。また縦型ルーバーは、素晴らしい眺望を守りながら、西日による日照負荷のほとんどを遮ることができるようになっています。

 研究者同士の気楽な会話から大きな研究テーマが生まれることもあります。その大切な会話の場となる自然光溢れるアトリウムは、地域の卓越風による吸引効果と煙突効果によって、建物全体の自然換気を効果的に行いエネルギー負荷軽減に大きく貢献する装置にもなっています。

 日本の伝統的建築の特徴として、蔀戸(しとみど)や障子のように内と外を柔らかに繋ぎ視線と光を巧妙に調節する仕組みや、京都の町屋の坪庭のように、奥行きの長い町屋に自然の光を導き夏には室内に爽やかな風通しを誘う工夫等を挙げることができます。

 地球環境戦略研究機関の様々な工夫には、このような日本の伝統建築の特徴を思わせるものがあります。シーザー・ペリ氏が述べた通り、私達の仕事の中に、どこかで日本建築の伝統と深いところで繋がっているものがあるのかもしれません。工夫はディテールに現れます。その背景には、「文化的世界観」とでも呼べるものがあるようです。

※地球環境戦略研究機関のホームページはこちらです。
http://www.iges.or.jp/jp/index.html
  • 12-5 地球環境戦略研究機関(IGES)平成14年(2002)

  • 12-6 ガラス窓の外に設置されたライトシェルフで反射された太陽光は、天井面を伝い部屋の奥まで明るく届くよう工夫されている。

  • 12-7 アトリウム内観。トップライトには、ソーラーパネル付き可動式遮光ルーバーが組み込まれている

  • 12-8 飛び立つ鳥の翼のように張り出した建物端部とライトシェルフ

(参考文献)
兵庫県 (2006) 『兵庫県立芸術文化センター』兵庫県
日建設計+新建築社 (2006) 「シーザー・ペリ氏の日建設計へのメッセージ(訳:光井純氏)」 『新建築2006年3月別冊 ひと・環境・建築』新建築
日建設計 (2005) 『日建設計ライブラリー 地球環境戦略研究機関(IGES)』日建設計
日建設計+新建築社 (2010)『サステナブル・アーキテクチャー』新建築社
出典
12-1~3 撮影:東出清彦写真事務所
12-4~5、7 撮影:三輪晃久写真研究所
12-6、8 撮影:篠澤建築写真事務所

当サイトでは、クッキー(Cookie)を使用しています。このウェブサイトを引き続き使用することにより、お客様はクッキーの使用に同意するものとします。Our policy.