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現代に継承する日本の建築文化と伝統的技能 -京都迎賓館-

 「京都」は、日本人にとって特別な意味を持っています。1200年以上の長い歳月の中で磨かれ洗練されてきた美意識は、芸術の世界に留まらず、日本人の衣食住すべての隅々にまで行き届き、ひとつの生活総合芸術とも言うべき世界に類のない文化をつくり上げてきました。
 東京の赤坂迎賓館は、明治42年(1909)、当時一流の様々な分野の日本人が総力をあげて完成させた西洋の建築様式の宮殿です。一方、京都迎賓館は、海外からの国の大切な賓客を我が国伝統の文化でお迎えし、日本への理解と友好を深めていただくことを目的として、平成17年(2005)に完成しました。

12-9 京都迎賓館 平成17年(2005)

日本建築の伝統の上で現代建築をつくる

 京都迎賓館は、日本の伝統建築の空間づくりの技法を新たな現代技術で組み立てたものです。
 庭屋一如。日本庭園は、四季の変化と「うつろい」のある日本の自然を限りなく愛し自らの姿を自然の中に映し出す、日本人の自然観と美意識を端的に表しています。京都迎賓館では、その庭園と建築が一体の空間となって、海外からの賓客を心からもてなすことが大切であるとされました。そのために、深い軒によって庭園と室内を結び付ける「縁」の空間や、庭園への眺望が伸びやかに開ける水平な空間の広がり、庭園が見え隠れする雁行配置、「しつらえ」によって自在に用途を変転する室内空間など、真に日本建築だけがつくり上げた空間の質を、現代の技術で実現することこそ、京都迎賓館に取り入れるべき「日本の空間」であると考えられました。

12-10 庭園の廊橋を望む

 自ずと、建物を平屋建てにし、大きな屋根を架けるという考え方から設計は出発しました。外観写真を見ると木構造のように見えますが、実は主となる構造は、鉄骨造と鉄筋コンクリート造(一部鉄骨入り)です。土庇(どびさし)のような伝統的な木造架構や、日本特有の細やかな空間のプロポーションを実現する「木の構成材」が、迎賓館に相応しい大振りの寸法の「鉄の構造材」の内外に緻密に組み立てられています。また、鉄筋コンクリート造の耐震壁が、それと分からないように配置されています。

12-11 晩餐室 15のパターンに変化できる光天井の照明器具は美濃紙と杉による指物長押(なげし)の長さは22m

 京都迎賓館の外部の佇まいについては、庭園と屋根だけで成り立っていると言えるほど、屋根の姿は重要な役割を果たしています。鉄筋コンクリート造の屋根版を下地とする屋根材には、耐候性に優れているニッケルとステンレスを圧着した複合材が使われました。その表面の色は酸化ニッケルそのものの暗緑色であり、素材のままの仕上げが、京都御所の緑豊かな周辺環境と調和する色調となっています。この材料は屋根材としては硬いため、施工には熟練の職方の手が必要でした。

 ところで、迎賓施設として必要な延床面積16,000㎡という規模に対して、敷地面積は20,000㎡であり、庭園のことを考えると決して広い敷地面積ではありません。この立地で、建物の姿を平屋の建築とするため、サービス施設と呼ばれる主厨房・機械室・駐車場・倉庫などはすべて地下としました。地上は賓客の使用する空間など居室のみに使われており、地下部分は全体面積の約半分を占めています。この結果、各種のサービスはすべて地上と地下の上下に行われるだけで、居室エリアで賓客動線とサービス動線が平面的に交錯することを避けることも可能となりました。

 この建物では、現代の技術・材料を積極的に使いながら、限定した材料で、細部に至るまで細やかな注意を払って全体との調和を図るという、先人から伝えられた日本古来の控えめな美意識が実現されています。

12-12 土庇(どびさし)と呼ばれる、内と外の間にある空間。その左側のガラス建具の方立のように見える柱が構造柱。
    柱は下の写真のように継目のない厚肉鋼管から削り出され、木の柱は庇だけを支えている。

伝統的技能の継承

 京都迎賓館の仕上げ工事全般にわたって、京都の伝統的技能が全面的に活用されました。京都という1200年の歴史の中で培われてきた伝統的技能。それを現代に伝える優れた技能職の方々の手の技がつくり上げる空間そのものが、国の賓客への「もてなし」になると考えられました。京都が育てた厳しい美意識の中で長い修業を経て到達した人の手による技が、訪れる賓客の方々に文化の違いを超えて感動を呼び、日本文化への理解を一層深めていただく一助となることが期待されています。
 
 伝統工法では、数寄屋大工・左官・庭園・漆・畳・障子・建具・表具・錺金物(かざりかなもの)・石造工芸・和舟(わせん)・竹垣の職方、また「しつらえ」では、截金(きりかね)・蒔絵(まきえ)・螺鈿(らでん)・有職織(ゆうそくおり)・西陣織・縠(こく)や羅(ら)・木工芸・京繍(きょうぬい)・竹工芸・鎚起(ついき)・屏風・七宝・磁器・京指物・人形・木工芸・軸装・型絵染などの、工芸家や職方による「手の技」の力により、何ものにも替えられない質の高い空間がつくり上げられました。
 
 公共建築で高度な伝統的技能を活用しようとすると、従来の発注形態では上手くいきません。京都迎賓館の工事では、多くの関係者の多大なご尽力で、伝統的技能活用委員会が設けられ、それぞれの分野で最も相応しい職方や工芸家を検討・選定する仕組みがつくられました。そして発注形態については、それぞれの伝統工事・工芸分野につき、別途に発注できる方式が採られています。
 
 京都迎賓館では、通常の技能の範囲を超えた多くの新しい試みが行われましたが、伝統的技能は保存できるものではなく、活用し続けることでのみ継承されていくものです。新しい時代に、更に技能が継承されることが期待されています。
  • 12-13 鋼管から削り出された柱は、木の4寸柱のように見せるため125mm角とされ、ガラス建具のための呑み込み寸法も削り出される

  • 12-14 写真左下の和舟(わせん)は、最後の丸子船大工と言われる棟梁の仕事

  • 12-15 両陛下への御献上品も制作した伝統工芸士による京繍(きょうぬい)

  • 12-16 人間国宝により制作された截金(きりかね)

(参考文献)
中村光男 (2005)「日本の建築文化と技能の継承 京都迎賓館の設計を通して」『京都迎賓館 継承される日本文化と技能』新建築 
社団法人公共建築協会 (2005) 『京都迎賓館 ものづくり ものがたり』日刊建設通信新聞社
村井修・写真 瀬戸内寂聴・序文 中村昌生・解説 (2010)『京都迎賓館』平凡社
出典
12-9~11、14~16 撮影:スタジオ・村井
12-12~13 撮影:新建築社

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