エリアマネジメントが描く、新しい渋谷のつくり方。【後編】

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2019年11月1日に開業した「渋谷スクランブルスクエア第1期(東棟)」では、現在、ビル壁面に設置された大型デジタルサイネージ「渋谷スクランブルスクエアビジョン」を使った実証実験が行われている。この実験に携わっているのが、官民が連携し、世界に開かれた生活文化の発信拠点“渋谷”の実現を目指した渋谷駅前エリアのルールづくりに取り組む渋谷駅前エリアマネジメント協議会(以下、エリマネ協議会)。ハチ公前広場での広告事業のほか、渋谷駅周辺のにぎわい創出や情報発信など、再編が進む渋谷における良好なコミュニティ形成に向けて、さまざまな活動を進めている。今回は、一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント(以下、一社エリマネ)事務局次長を務める東急株式会社の秋元隆治さん(写真左から順)と角揚一郎さん、そして実証実験をサポートする大阪大学准教授の福田知弘さんと株式会社日建設計都市部門都市開発部ダイレクターの福田太郎を交え、渋谷におけるエリアマネジメントのこれまでとこれからを語った。ファシリテーターは、日建設計都市開発部ダイレクターの金行美佳。

※渋谷駅前エリアマネジメント協議会:官民の関係主体(ビル事業5者、区画整理施行者、国土交通省、東京都、渋谷区)が参画する渋谷駅前エリアのまちづくりの母体組織。2013年5月30日設立。
※一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメント:エリマネ協議会のうち、ビル事業5者と区画整理事業施行者によって構成され、都市再生推進法人として、屋外広告掲出利用をはじめとする事業収益を活用したまちづくり事業を推進する組織。2015年8月18日設立。

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デジタルサイネージの社会実験を、新しい渋谷をつくる第一歩に

金行:現在、渋谷スクランブルスクエア東棟の外壁に設置したデジタルサイネージで実証実験を行っています。これも広告規制緩和に向けての取り組みですが、この実験に福田先生が参加されたきっかけを教えてください。

福田(太):はい。足掛け2年にわたる事前調整を経て、今年6月には、ついに渋谷スクランブルスクエアビジョンで実証実験をスタートすることができました。その中で、専門有識者としてご協力いただいたのが、大阪大学で環境設計情報学を研究されている福田先生でした。

福田(知):日建設計の福田さんが私を見つけてくださったんですよ。ニッチな分野なのに(笑)。福田さんから最初にメールをいただいたのが2017年の7月頃でしたね。名前を拝見して「あれ? 同じ名前だ!」と思って。

秋元:つかみはバッチリでしたね(笑)。

福田(太):デザイン会議の先生は建築家や都市計画の専門家の方が多く、周辺環境へのデジタルサイネージの影響を判断できるモノサシがなかったんです。内藤先生をはじめとして先生方からも、判断のモノサシや専門の有識者を探すなど、課題解決のために提案するよう話がありまして。調べたところ、福田先生がデジタルサイネージの眩しさや快・不快といった感覚を研究されていることを知り、さらにどうやら大阪駅前でも同様の検討をしているらしいとわかって、連絡したのが発端ですね。

福田(知):その頃、同じようなことを大阪でやっていたんです。大阪府と大阪市がデジタルサイネージに関わる要綱をつくるお手伝いをしていて。そもそもどう進めるのかというところから、いろいろと相談を受けていました。

金行:やはり渋谷と同じように実験をしたんですか?

福田(知):はい。講義室の中に5.4メートルかける3メートルのサイネージを実際に設置して、被験者の方を50人くらい集めて実験を行ったんです。真っ暗な部屋の中で輝度を少しずつ変えて、どれくらいの明るさで眩しいと感じるのか、不快と感じるのかを調べて、結果を出したのが2015年の2月くらい。

金行:じゃあ、すごくいいタイミングで。同じ名字ですし、運命だったんですね。

福田(太):まさに(笑)。それで、まったくつながりが無いところに一報を入れてアポを取り、大阪大学にうかがって、これまでの経緯を説明したんです。デザイン会議や、東京都の景観審議会、広告審議会の委員会でも一定の説明はしてきたのですが、最後のひと押しが足りないというか、行政や有識者も含めて踏ん切れずにいました。

福田(知):お会いしたときにはすでに計画書をバチッとつくってはって、次のステップに向けて、追い詰められていましたね(笑)。

秋元:なんといっても、渋谷のサイネージは2面合わせて約780平方メートルという、日本最大級のサイズ。前例がありませんから。

福田(知):大阪の事例でも、100平方メートルまでですね。低層だったら5平方メートルとか、それくらいの規模が普通です。有名な道頓堀のグリコサインでも200平方メートルくらいですから、渋谷はやはり規模が違う。すごいなと思いましたよ。

:しかも、形が大小異なる逆三角形ですし。

福田(知):そうですよね。「よくわからんけど、実験はしたほうがいい」と最初にお話ししました。

福田(太):実証実験前には、VRや景観モンタージュなどを使って、街からの見え方に関するシミュレーションはひととおりできていました。ただ、あくまでVR上の話だったんですけどね。

福田(知):VRだと、評価上重要な「眩しさ」が全然伝わらないんですよ。実際のディスプレイで試せるなら、輝度もちゃんとわかるので、やはり実物で実験したほうがいいんじゃないかとお話して。

秋元:デザイン会議で実験計画書が承認されたのが2018年の秋で、実際に実験を行ったのが2019年の6月。先生にはその前年の8月に初めてお会いして、実験に関する相談をしました。

福田(知):翌月にもう一度大阪に来られたときにはある程度の資料ができていたので、すごいなと思った記憶があります。日建設計さんや東急エージェンシーさん、みなさんのノウハウがうまく組み合わさっていて。

:夜中、駅の周囲をひととおり歩いて回って、ここからはこう見えるはずだと写真を撮ったりもしましたね。

福田(知):近所にお住まいの方もいらっしゃいますから。それに今回の実験は、渋谷だけでなく、東京都全域に関わる基準にもなる可能性があると思うんですよ。だからこそ、なぜ渋谷ではここまでやっていいのかという根拠がないといけません。

:この実験に、事業者のみなさんが同意したのもすばらしいと思うんです。実験の費用をどうするとか、それまでにはもちろんいろいろありましたけれど。

福田(知):そこをお聞きしたかったんですが、こういう実験をすると信号が見えづらくなるということなどもあり、鉄道会社は慎重になります。今回は鉄道会社が3社もいたのに、協力を得られたのはどうしてですか?

秋元:実験の目的や方法から議論して準備できたのが良かったのだと思います。それから、ご担当の方に運行現場の経験があったこともあり、いろいろなアドバイスをいただきました。

金行:どうすればスムーズにいくか、わかっていらっしゃったんですね。鉄道会社さんは決めるまでには時間はかりますが、いざ決めてしまえばどんどん動くという印象があります。

秋元:エリマネ協議会で、最初に屋外広告物地域ルールをつくってから5年くらいかかりましたが、実際にやって、うまくいきはじめたら足並みが揃ってきたという感じですね。

福田(知):エリマネ協議会さんが前向きに動いてはるので、行政はありがたかったんじゃないかな。すごく丁寧にやられていると思います。

金行:デジタルサイネージの実験本番で、梅雨なのに雨が降らなかったのも、きっと真摯にやってこられたからでしょう(笑)。基本的にはこの実験をみんなすごく前向きに受け止めていますし。

福田(知):初日に流した実験用のコンテンツも面白かったですね。やはり、映像の密度が高かった。

秋元:やればやるほどコストにも跳ね返ってきますから、工夫も必要で。

金行:実験中は、みんながワクワクして見ている感じでしたね。

秋元:そうなんですよ。「エンターテインメントシティらしくなってきましたね」という言葉をいただけたり。

:今現在は、このサイネージで流す作品を公募しているところです。「Motion Plus Design Shibuya Video Contest 2019」というコンテストで、クリエイターさんには興味をもっていただいているようです。

秋元:「Motion Plus Design」というイベントを主催しているクック・イオーさんに相談したところ、開催してもらえることになって。コンテストで入賞した作品をスクランブルスクエアのお披露目とともに流せるということも含めて、渋谷を象徴するディスプレイということに意義を感じてもらえたんじゃないかなと。

福田(太):結果的には、ただの四角ではないあの逆三角形の形自体も、クリエイター心をくすぐります。面白い表現や発信が期待できるのではないでしょうか。ビルの2面にディスプレイがあって、3次元的に使えるのも面白いところです。

福田(知):ところで、流すコンテンツの審査はどのようにするんですか?

秋元:エリマネ協議会の屋外広告物地域ルールに基づく自主審査が基本です。そのうえで今回のコンテストではさらに、有識者の助言を得て主催者が審査をします。

:私たちは、スクランブルスクエアビジョンの自主審査と同じ流れを、すでにハチ公前広場内の屋外広告でやってきたんです。まずエリマネ協議会の自主審査ルールに沿っているか確認してから、専門有識者に掲出広告の内容に基づいて審査ルール改正を年度ごとに審議してもらうという形です。縛りも事前調整もなく、その場で自由に議論してもらうのも重要な点のひとつだと思います。

秋元:いろいろな方々と一緒にやらせてもらっている、本当に壮大な社会実験だと思います。この結果が、これから渋谷のまちづくりに引き継がれたり、知見になったり。社会に還元できればいいと思うんですよね。

「前例のないまちづくり」への挑戦は、これからも続いていく

金行:この先もまちづくりは続いていきますが、最後にこれからへの期待を聞かせてください。

:私が考えているのは、渋谷の公共空間をきれいに保つことと、わかりやすい動線を実現することですね。かつては宮下公園や国道246の高速の下のところにたくさんの人が寝ていたり、ちょっときれいとは言い難いイメージもありました。行政の方は、たとえばガラスが割れたままだったりすると、そこから街の美観が崩れていくというような例えを話していましたし、そこをしっかり守ることが個人的な目標です。そしてそのためにはお金を稼ぐ必要があり、お金を稼ぐためにはいい広告、いいサイネージをつくらなければいけません。それが渋谷のエリアマネジメントにつながると思うんです。

福田(知):僕はやはり、渋谷らしい夜間景観やメディア環境をどうつくっていくかに関心があります。たとえば中国のように大規模なメディアファザードをつくったり、時間を決めてイベントをやったり、いろいろな方法が考えられると思うんです。ほかの場所でやっていることを単純にここに持ってくるということではなく、渋谷の魅力をどうやって出していくのかを考える必要はあるでしょうね。

金行:この先も開発が進む中で、サイネージを含め屋外広告がどうあるべきかということですよね。

福田(知):そうですね。完成したサイネージを実際に見たら、ファンも増えていくと思うんです。続けていくうちに「次はこうしたほうがええんちゃうか」という話もきっと出てくると思うので、まずは最初の実例として、運用された光景を早く見たいですね。

秋元:渋谷って、都心のクールなイメージがある一方で、街の人たちは意外と庶民的で、ウェットなところが魅力だと思うんです。だからこそ一社エリマネがハブになって、街の人としっかりつながっていきたい。たとえば、今年の夏に109の前でやった「渋谷盆踊り大会」。ああいう場で交流を育めれば。

:私は責任者として現場にいましたが、現場が坂なので太鼓を叩くたびに櫓が揺れて、生きた心地がしませんでした。でも、道路も開放して、たくさんの人が集まって、すごくにぎわいましたね。

秋元:オフィスの中だけではダメで、やっぱり実際に外でエンターテインメントを楽しめることが大事ですね。渋谷にそういう景色があるということを世界に発信していきたいし、いずれはニューヨークのタイムズスクエアにも負けないような事例になっていってくれたら。

金行:ありがとうございます。最後は当社の福田に締めてもらいましょう(笑)。

福田(太):建築、基盤、鉄道と、これだけ連携した事例って、今までなかったと思うんです。さらに、次第にいろいろなものが建ち始めて、パブリックスペースがふんだんに生まれてきて、街との関わりもますます密になって。都市再生はまだまだ途上ですが、今年、まちびらきの節目を迎えて、街の運営・管理という側面にものすごく光が当たってきている。私たち日建設計も、必ずしも設計や、都市開発コンサルという範疇に納まらない、新しいことにチャレンジしたいという想いでお手伝いさせていただいています。難しい課題も多いですが、挑戦することで自負が生まれますし、この経験を別のところに還元することができるかもしれない。渋谷という世界が注目する場所で、新しい世界を提案するような仕事をみなさんと一緒にできるのはとてもありがたいと思っています。これからも引き続き、無理難題を言っていただけたらうれしいですね(笑)。

秋元隆治 渋谷駅前エリアマネジメント事務局次長 東急 渋谷開発事業部 開発計画グループ 課長補佐

秋元 隆治
渋谷駅前エリアマネジメント事務局次長
東急 渋谷開発事業部 開発計画グループ 課長補佐

東急に入社後、情報発信メディアの制作や広告販売に携わり、2009年より渋谷開発事業を担当。渋谷ヒカリエおよび東急シアターオーブの開業業務を経て、渋谷駅前エリアマネジメント協議会や一般社団法人渋谷駅前エリアマネジメントの設立を推進。渋谷のエリアブランディングに取り組んでいる。

角揚一郎 渋谷駅前エリアマネジメント事務局次長 東急 渋谷開発事業部 開発計画グループ 課長補佐

角 揚一郎
渋谷駅前エリアマネジメント事務局次長
東急 渋谷開発事業部 開発計画グループ 課長補佐

グループ会社から出向中。エリアマネジメントとして公共空間での広告の新しいルールの作成など、持続性のある新しい官民連携の方法に取り組む。その傍ら、ハロウィンやカウントダウンといった、渋谷の街が抱えるさまざまな社会課題を改善中。

福田知弘 大阪大学大学院工学研究科 准教授

福田 知弘
大阪大学大学院工学研究科 准教授

環境設計情報学が専門。大阪大学大学院工学研究科環境工学専攻博士後期課程修了、博士(工学)。大阪市都市景観委員会専門委員、神戸市都市景観審議会委員、吹田市教育委員会委員、CAADRIA(Computer Aided Architectural Design Research In Asia)フェローほか。NPO法人もうひとつの旅クラブ理事。「光都・こうべ」照明デザイン設計競技最優秀賞受賞。著書に『はじめての環境デザイン学」(理工図書)など。オフィシャルブログ「ふくだぶろーぐ」(http://fukudablog.hatenablog.com/)を運営中。

福田太郎 日建設計 都市部門 都市開発部 ダイレクター

福田 太郎
日建設計
都市部門 都市開発部 ダイレクター

日建設計入社後、海外都市のアーバンデザインやウォーターフロント遊休地活用検討などに携わり、近年は、渋谷・新宿・虎ノ門などをフィールドとしたTOD(えきまち一体)プロジェクトの開発・法規制緩和・エリアマネジメントコンサルティングなど、幅広く活動。直近では、エリアマネジメント協議会と連携し、渋谷スクランブルスクエアの外壁面に約780平方メートルの大型デジタルサイネージを設置するなど、都内初・都内最大級の広告規制緩和に関わるコンサルティングを展開。

プロフィール

金行美佳 日建設計 都市部門 都市開発部 ダイレクター

金行 美佳
日建設計
都市部門 都市開発部 ダイレクター

日建設計に入社後、エリアビジョンづくりや規制緩和などの政策立案から、複合的な都市開発事業の都市計画コンサルティングまで幅広く従事。最近では、渋谷駅や東京駅周辺エリアの駅まち一体型開発に携わる。また、渋谷未来デザインの設立から参画し、プロジェクトデザイナーとして規制緩和やエリアマネジメントの仕組みづくりを推進している。

プロフィール

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